真実への扉

生きる理由。この世の真実。神、仏の存在を1人でも多く知って頂き、この地獄のような世界から天国への切符を手にして頂きたい。自身の経験と霊的書物で知った事を分かりやすく説明したいと思っています。

高級霊シルバーバーチ

 シルバーバーチ『古代霊は語る』より

 

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今回は全11巻のシルバーバーチの霊訓を1冊に凝縮した快挙の作品である、近藤千緒氏著の『古代霊は語る』から重要なところをご紹介していきたいと思います。

11巻を1冊にしたので内容はかなり深いものになっており、重要と思われるところ満載です。生きる理由、苦労や病気の理由、死後も生き続けるということが詳しく書かれています。シルバーバーチの霊訓、全巻を読むのは大変なことなので、まずはこの1冊を読むことをお勧めいたします。

 

シルバーバーチ

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簡単に説明いたしますと、1920年の英国での出来事で3,000年前に地球に生存していた古代霊が、英国人モーリス・バーバネルという人の身体を使って、この世の真実を約60年間に渡り、教え尊くというものです。この古代霊こそが高級霊シルバーバーチです。日本で言うとイタコみたいなものでしょうか、ちょっと失礼な感じもいたしますが。実際には3,000年よりもっと古い霊とのことです。地上とは波動が違い過ぎるので中間に北米インディアンの霊を使い、モーリス・バーバネル氏の身体を使ったということです。詳しく知りたい方は、シルバーバーチで検索していただければと思います。似たような物では、聖ヨハネのホワイトイーグルという霊が真実を教え尊くというものや高級霊インペレーターがステイトン・モーゼス氏の身体を使い、真実を語る『霊訓』『続・霊訓』という書もあります。

 

この『古代霊は語る』という本、すべて重要と思われますが特に重要、伝えたいと思う箇所を抜擢します。信じられないと思うでしょうが、信じていただきたい真実です。

 

 

この世に生まれる理由や再生について、この世で生きる目的

 

 f:id:HaganeTokuchi:20170827110854p:plain再生は自発的なのか、それとも果たすべき目的があって已むを得ず再生すのかという問いに対して、シルバーバーチはその両方だと答えます。

  f:id:HaganeTokuchi:20170827095456p:plain  再生は強制的というわけですね。

f:id:HaganeTokuchi:20170827104852p:plain誰かから再生しろと命 令されるのであれば強制的と言ってもいいでしょうが、別にそういう命令が下るわけではありません。ただ、地上で学ばねばならない教訓、果たすべき仕事、償うべき前世の過ち、施すべきありながら施さなかった親切、こうしたものを明確に意識するようになり、今こそそれを実行するのが自分にとって最良の道だと自覚するようになるのです。

 

 

 

  f:id:HaganeTokuchi:20170827095456p:plain 戦争ばかり続くみじめな世の中に生まれてくる意義があるのでしょうか?

f:id:HaganeTokuchi:20170827113531p:plain生まれてくる来ないの問題は自由意志の問題です。が、その問題はさておいて、地上の多くの部分が暗雲におおわれていることは確かです。が、みじめな世の中と言ってしまうのは適切でないと思います。地球には地球なりの宇宙での役割があります。生命の旅路における一つの宿場です。魂の修行として一度は通過しなくてはならない世界です。もしも必要でなければ存在するはずがありません。存在しているということそのことが、それなりの存在価値をもっていることを意味します。

 

  

 

f:id:HaganeTokuchi:20170827095456p:plain霊魂は一体どこから来るのですか?魂の貯蔵庫のようなものがあるのですか?子供を作る場合、魂はどこから来るのですか?

f:id:HaganeTokuchi:20170827114141p:plainあなたの問いには誤解があるようです。あなた方が霊魂をこしらえるのではありません。人間のすることは、霊魂が自己を表現する為の器官(身体)を提供することだけです。生命の根源である霊は無限です。無限なるものに個性はありません。その一部が個体としての表現器官(身体)を得て地上に現れる。その表現器官(身体)を提供するのが人間の役目なのです。霊は永遠の存在ですから、あなたも個体に宿る以前からずっと存在していたわけです。が個性を具えた存在、つまり個体としては受胎の瞬間から存在を得ることになります。霊界にはすでに地上生活を体験した人間が大勢います。その中にはもう一度、地上に来て果たさなければならない責任、やり直さなければならない用事、達成しなければならない仕事といったものを抱えている者が大勢います。そして、その目的の為の機会を与えてくれる最適の身体を探し求めているのです。

 

 

 

 

  f:id:HaganeTokuchi:20170827095456p:plain   もう一度やり直すチャンスは全ての人間に与えられるのでしょうか?

f:id:HaganeTokuchi:20170827114141p:plainもちろんですとも。やり直しのチャンスが与えられないとしたら、宇宙が愛と公正とによって支配されていないことになります。墓に埋められて万事が終わるとしたら、この世は正に不公平だらけで、生きてきた不満の多い人生の埋め合わせもやり直しも出来ないことになります。私どもが地上の人々にもたらすことの出来る最高の霊的知識は、人生は死でもって終了するのではないということ、従って苦しい人生を送った人も、失敗の人生を送った人も、屈辱の人生を送った人も、皆もう一度やり直すことが出来るということ、言い換えれば悔し涙を拭うチャンスが必ず与えられるということです。人生は死後もなお続くのです永遠に続くのです。その永遠の旅路の中で人は内蔵している能力、地上で発揮し得なかった才能を発揮されるチャンスを与えられ、同時に又、愚かにも神の法則を無視し、人の迷惑も考えず横柄に生きた人間は、その悪業の償いをする為のチャンスが与えられます。神の公正は完全です。騙すことも、ごまかすことも出来ません。すべては神の眼下にあるのです。神は全てをお見通しです。そうと知れば、真面目に正直に生きている人間が何を恐れることがありましょう。恐れを必要とするのは利己主義だけです。

 

 

 

f:id:HaganeTokuchi:20170827095456p:plain死後、霊界に行ってから地上生活の償いをさせられますが、さらに地上に再生してからまた同じ罪の償いをさせられるというのは本当ですか?神は同じ罪に対して二度も罰を与えるのですか?

f:id:HaganeTokuchi:20170827221533p:plain償うとか罰するとかの問題でなくて、要は進化の問題です。つまり学ぶべき教訓が残されているというこであり、魂の教育と向上という一連の鎖に欠けている部分を補うということです。生まれ変わるということは必ずしも罪の償いの為とは限りません。欠けてるギャップを埋める目的で再生する場合がよくあります。もちろん償いをする場合もあり、前世で学ぶべきでありながらそれを果たせなかったことをもう一度学びに行くという場合もあります。罪の償いとばかり考えてはいけません。ましてや二度も罰せられるということは決してありません。

 

 

 

f:id:HaganeTokuchi:20170827095456p:plain地上の人間にとって完璧な生活を送ることは可能か否か、すべての人間を愛することが出来るか否か。

f:id:HaganeTokuchi:20170827113531p:plainそれは不可能なことです。が、そう努力しなくてはいけません。努力することそのことが、性格の形成に役立つのです。怒ることもなく、辛く当たることもなく、腹も立てることもないようであれば、もはや人間でないことになります。人間は霊的に成長することを目的として、この世に生まれてくるのです。成長また成長と、いつまでたっても成長の連続です。それは、こちらへ来てからも同じです。

 

 

 

f:id:HaganeTokuchi:20170827095456p:plainそちらへ行くとどんな風に感じるのでしょう。やはり後悔の念というものを強く感じるのでしょうか?

f:id:HaganeTokuchi:20170827113531p:plain1番残念に思うことは、やるべきことをやらずに終わったことです。あなたもこちらへお出になれば分かります。きちんと成し遂げたこと、やるべきだったのにやらなかったこと、そうしたことが逐一わかります。逃してしまった好機がいくつもあったことを知って後悔するわけです。

 

  

  

f:id:HaganeTokuchi:20170827095456p:plain善人が死後の世界の事を信じなかった場合、死後そのことで何か処罰などを受けるのでしょうか?

f:id:HaganeTokuchi:20170827113531p:plain善人とか悪人とかの意味がわかりませんが、要はその人が生きてきた人生の中身 、つまりどれだけ人の為に尽くしたか、内部の神性をどれだけ発揮したかにかかってます。大切なのはそれだけです。知識は無いよりは有ったほうがましです。が、その人の真の価値は毎日をどう生きてきたかに尽きます。

 

  

   

  f:id:HaganeTokuchi:20170827095456p:plain   唯物主義者や無神論者は死後の世界でどうなりますか?

f:id:HaganeTokuchi:20170827221533p:plain宗教家とか信心深い人は霊的に程度が高いという考えが人間を長いこと迷わせてきたようです。実際は、必ずしもそうではないのです。ある宗教の熱烈な信者になったからといって霊的に向上するわけではありません。大切なのは日常生活です。あなたの現在の人間性、それが全てのカギです。祭壇の前にひれ伏し神への忠誠を誓い、選ばれし者の一人になったと信じている人よりも唯物主義者や無神論者、合理主義者といった宗教とは無縁の人の方がはるかに霊格が高いといったケースがいくらでもあります。問題は何を信じるかではなく、これまでどんなことをして生きてきたかなのです。

 

 

 

   f:id:HaganeTokuchi:20170827095456p:plain  キリストへの信仰をどう思われますか?

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主よ、主よと、何かというと主を口にすることが信仰ではありません。大切なのは主の心に叶った行いです。それが全てです。口にする言葉や、心に信じることではありません。実際の行為です。何一つ信仰といものを持たなくても、落ち込んでいる人の心を元気づけ、飢えてる人にパンを与え、暗闇にいる人の心に光を灯してあげる行為をすれば、その人こそ神の心に叶った人です。

 

 

 

 

という感じで、生きる目的や生まれる理由というものは魂の成長、進化。人間としての成長、進化を目的としてるみたいですね。あの世が私たちの本当の住家であって、この世には、いろいろな体験を通して人間としての成長、過去や前世での罪の償いをして過ちから学び成長する。そんな感じでしょうか。この著書で、著者の近藤千雄さんはこう言ってます。この長い人生の旅路の地上生活は、宇宙学校のホンの幼稚園、いや...保育園程度のものなのかもしれません。なんか、どデカくて長い話ですね。この地獄のような地上生活に戻ってこなくていいように生きる。それが地上に生きる目的なのでしょうか...

 

次回は『古代霊は語る』より、苦しみ、悲しみの真実をシルバーバーチさんに教えてもらいましょう。ペットと死別したらどうなるみたいなことも書いてあるので興味ある人も多いのではないでしょうか。

  

苦しみ、悲しみの真実③

 

苦しみ、悲しみの真実。まとめです。

 

苦しみ、悲しみ、不幸、不運の原因には、道を正す為にやも得ずの場合と自分が犯した過ちが返ってきて反省させる、因果応報の2つの場合があるといいました。

2つとも我々を成長、新化させる為に起きています。

 

ここで大事なのは過ちを過ちと思っていないことがあるということです。

自分では何気ない発言でも他人には傷ついている時もあります。

上から怒鳴りちらしても他人は、すごく傷ついてます。

そして、不倫。立派な泥棒ですし、淫らな行為です。

借りたものを返さない。

親を大事にしない。

自身の成績の為に、他人を利用する。

遅い車や小さな車を煽るのをよく見ます。

煽られている人は恐怖心しかありません。

数えたらきりがありません。

自分では大したことでないと思っていても他人には、

すごく傷ついたり迷惑なものがあり、立派な過ち、罪なのです。

 

仏教では十善戒というものがあります。十悪を戒律としたものです。 

不殺生(ふせっしょう) 故意に生き物を殺さない。

不偸盗(ふちゅうとう) 他人のものを盗まない。

不邪淫(ふじゃいん) 不倫など道徳に外れた関係を持たない。

不妄語(ふもうご) 嘘をつかない。

不綺語(ふきご) 心にもない奇麗ごとをを言わない。

不悪口(ふあっく) 乱暴な言葉を使わない。

不両舌(ふりょうぜつ) 告げ口、中傷、二枚舌を慎む。

不慳貪(ふけんどん) 激しい欲をいだかない。

不瞋恚(ふしんに) 激しい怒りをださない。

不邪見(ふじゃけん) 間違った考え方をせず、正しい判断する。

 

旧約聖書モーセの十戒にも同じ様なことが示されています。

1.わたしのほかに、何ものをも神としてはならない。

2.偶像を作ってはならない。(偶像崇拝の禁止)

3.主、神の名をみだりに唱えてはならない。

4.安息日を覚えて、これを聖とせよ。

5.父と母を敬え。

6.何をも殺してはならない。

7.姦淫してはならない。(道義に反する肉体関係、不倫)

8.盗みを働いてはならない。

9.隣人について、偽証してはならない。

10.他人の物を欲しがってはならない。(他人の妻も含む)

 

これらの戒律、教えは僧侶やキリシタンに限らず一般の庶民、私たちも生活の中で守るべきものと思います。上記のことを守って生きていれば人格、魂の向上、人間としての成長をし、過ちからくる不幸もなくなり運が良い人生を過ごせます。

 

あと、不倫のことですが。男性に限らず女性も最近では、軽い気持ちで不倫をしている方がよくいます。大したことのないように思えますが、かなりの罪のようです。キリスト教では殺人と同じ位の大罪で、イスラム教では死刑になるとのことです。映画やドラマの影響もあるとはいえ、良く考えないといけないことなのでしょう。

 

そして、過ちからくる不運や不幸、苦しみは全て自分に降りかかってくるとは限りません。愛する者や子供に降りかかることもよくあります。愛する者に不幸を与えたほうが悟るのが早いだろう、という法則です。愛する者や子供が重い病気にかかったり、事故にあったり、イジメにあったりということもあるでしょう。

原因は、あなた本人だったりもします。

 

十善戒に示されたことを、ひとつひとつ守って他人の事を考え生きていれば必ずや、不運や不幸、悲しみはなくなり幸せな人生を約束されるはずです。

 

ちなみに余談になりますが。

僕は、改心する前までは大の女好きでした(汗)

昔、不倫の件で、とある住職に"こっぴどく"怒られたことがあります...

「コラ!おまえら!犬や猫でもあるまいし!」

「何、考えてんだっ!馬鹿者っ!泥棒と同じだっ!!」と...

言ってもいないのに、バレました。すごい能力です...。

あと最近では、タイプの女性に会った時、

めっちゃ、なんとかしたいわー。

めちゃ、かわいいじゃん。遊びたいわ~などと思うと、

天から「不邪淫...」と声がします。

その度に「あ~はいはい。わかりました...」

つまんねーな...と思う次第ですが、重要なんですね...。不邪淫。

失礼しました。

 

 

苦しみ、悲しみの真実②

 

苦しみ、悲しみ、不幸が起きる原因はもう1つあります。

それは、貴方が間違えた方向に行ってる時や、もっと貴方を成長させる為に、やも得ず不幸を与えている場合があります。

どうしても納得のいかない時や、どう考えても罰が当たるような事はしていないと思うことがあるでしょう。

でも今現在は、不運だ、不幸だと思ってることでも数ヶ月、数年経ってみると、

あの時は何故と思ったけどこれで良かった。

あの不幸があったから今の自分がある。

あの苦しみがなければ、こうなっていなかった。

みたいな感じの出来事がよくあります。

貴方をもっと成長させる為、正しい道へ歩ませる為に起きている出来事です。

強い信仰心やキリスト、仏教を信じる人であれば、神、仏が、きっと自分の為にしているんだと思えるでしょうが、信仰心がなければ厳しい現実かもしれません。が、自分を信じて良い方向に考え現実を受け止めていただきたいです。

きっと、すべて自分の為に起きているんだと...

決して投げやりな気持ちになったり、ずっと落ち込んではいけません。

すべては自分が成長する為に、もっといい生活ができる為に起きている出来事なのです。人間は成長する為に、進化する為に生きているのですから。

この世の法則。宇宙の法則です。

 

少し長くなりますが僕の例をあげましょう。

25才位から仕事も順調で事業も成功して、贅沢三昧で私利私欲のままの生活をしてました。ところが37才の時にリーマンショックで大赤字、地獄に落とされたように生活は逆転、借金地獄に陥りました。何故、こんなことに!自殺も考えました。が、数年後に本当にあんなことがあって良かったと思えました。

出来事からの3年後、父が他界しました。

贅沢な暮らしをし、実家にも寄り付かずの生活でしたが不運な出来事の後には何かと実家に顔を出すようになり、父との子供の時のような思い出を3年間だけでしたが作れることができました。それだけでも幸せですが、人の為に生きる喜びを得ることもでき以前より本当に幸せだと思えます。贅沢な暮らしはできませんけどね。

 

お寺に通うようになったのも不運からなんです。今現在、札幌の新栄寺と真如院という2箇所のお寺に通ってますが新栄寺は、その事件のどん底の時に仕事で使っていた車が急に故障して、もうあかん、直す金もねーよ。と朦朧として、気が付けば新栄寺に来ていました。真如院のほうは10年以上、事故など起こしてなかったですが厄年にタクシーに激突。流石に、厄払いというものをしたことなかったけど行ってみるかと思いネットで調べて、ここだと思い真如院へ。不動明王は信じていましたが寺に行くことはなかった僕ですが、このことが機で寺に通うようになり、現在の僕がいます。2箇所のお寺とも僕には行かないといけない所だったと思ってます。

 

知り合いのパチンコ関係の会社の社長の話です。

以前、勤めていた会社で急にクビになってしまって、どうして俺がクビなんだ。どうして、こんな事が起きるんだと落ち込んだそうです。が、1年後その会社は不祥事が原因で急に倒産したそうです。今、思うとあの時にクビになってて良かった。あれがなければ今の自分はないよ。と言ってました。

 

このような話は、沢山あります。

一見、不運、不幸、苦しみと思われる出来事も必ず貴方の為に起きているのだと信じてください。

貴方を正しい道へ歩ませるために。

貴方をもっと成長させるために。

愛する者の死も、必ず理由があるものと思います。