真実への翼

生きる理由。この世の真実。神、仏の存在を1人でも多く知って頂き、この地獄のような世界から天国への切符を手にして頂きたい。自身の経験と霊的書物で知った事を分かりやすく説明したいと思っています。

【釈迦の悟りとは】,【即身成仏とは】この星で人間が生きる意味を考える.....

即身成仏と釈迦の悟りの真実、そして愛の使徒

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「即身成仏」とは現世にて、生きながらにして仏となることをいう。そして、この仏となるには「悟り」というものを得なければならない。この「悟り」とは、いったい何なのか。

まずは仏教の開祖、ブッダこと釈迦、ゴータマ・シッダッタの「悟り」の真実について書かせていただきます。2500年も前のお話、それは神秘的で、まさにそこには「悟り」という世界のマジックがしかけられておりました。

まずは、釈迦、ゴータマ・シッダッタが「悟り」を得た過程を簡単に説明いたしましょう。

 

釈迦、ゴータマ・シッダッタは、「悟り」を得たいという願望のために6年もの激しい苦行を続けましたが、苦行で「悟り」を得ることは不可能だと思い、修行を放棄しました。

苦行で弱りきった身体をネーランジャラー川で清め、岸のバニヤン樹の下に座っているところに、近くの村に住むスジャータという娘が通りがかり、シッダッタと出会う。

あまりにも弱りきり死にそうなシッダッタを見てスジャータは、いったん村に戻り、当時はとても高価であって栄養のある乳粥を作り、シッダッタに供養して救うのである。

乳粥を口にしたシッダッタは正気を取り戻し、川の近く菩提樹の下に座り深い瞑想に入り、夜明けの明星が輝く頃「悟り」を開いたという。

 

一般的に語られているのが多少の違いがあるものの、このような感じです。

マジックの答えを率直に言いましょう。

この釈迦、ゴータマ・シッダッタの「悟り」とは...

 

スジャータ。

 

スジャータの愛ある行為こそが

「 悟り 」だったのです。

 

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私は数ヶ月前、水子供養の記事で即身成仏という言葉を使い、即身成仏を詳しく説明する記事を作らねばと思い、取り掛かりました。しかし、すぐに巨大なる聖壁にぶち当たることになったのでした。

即身成仏とは、生きながらにして仏となること。仏とは、悟りを得たもの。では悟りとは、という過程で見事に打ちのめされたのでありました。

悟りの内容は調べても調べても答えは曖昧で、仏教を研究する方ですら謎に包まれているという。知人の住職、僧侶に聞いても納得のいく答えは得られなかった。

毎日の様に悟りのことを考え続け一ヶ月以上経ったころ、ふと...

「スジャータという娘は、この乳粥の供養の時にしか現れない。この娘を仏典に残す必要はあったのだろうか。別に書き残すまでもない.....いや、ま・さ・か!」


当たりであった。

言語学、色々な国の言葉を勉強されている方がおり、実際にインドにある仏典という釈迦入滅後に仏教を文書化した聖典を独自に翻訳した方がおられたのでした。その方の内容を織り交ぜ、天からの強い波動にて脳天に届いたことをお伝えいたしましょう。

 

釈迦、ゴータマ・シッダッタの悟り 

シッダッタは、スジャータの乳粥で助けられた後に、菩提樹の下で深い瞑想に入りました。

すると、ブラフマーという神、梵天が現れ「シッダッタ。お前は、すでに悟っておる。スジャータという女性が全てを教えてくれた。シッダッタ、これからはブッダと名を変えるのだ」と言われたという。

そして、シッダッタは考えた。


悟りを得たいという欲望だけに囚われて6年もの間、自身の身体を痛めつけ苦行をしてきたが何も意味が無かった。ただの自分自身の欲望だけだった。

それに比べ、あのスジャータという女性は純粋な気持ちと強い正義感で、とても高価な乳粥を他人の私に与え救ってくれた愛のある行為。

その愛ある行為こそが、ひとりの人間がこの地球上に存在している価値のあることなのだ。

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なんという間違えを犯していたのだろう。私には、唯々悟りたいという欲望だけが先走り、他人に善意を尽くすという行為など忘れていた。

自分さえ良ければいい。私利私欲の人間など、この地球上に存在していても何ひとつ意味のない。存在価値もないことなのだ。

そしてこの地球上の人間、大宇宙の万物のものは全て互いに助け合い、共存することによって生きている価値というものがあり、この世の万物、大宇宙は成り立っている。

それこそが「悟り」 

生きとし生けるものの真理、大宇宙の真理。

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そして、その真理、摂理から外れた行為、生き方をすることによって病気や苦しみが生まれる。この大宇宙には必要のない存在であることの証で因果の法則が働く。

しかし、真理に従って生きているのであれば人は、苦しみとは無縁の存在となり常に進化するものとなるのだ。

また、因果の法則というのも単に病気や苦しみを与えるだけではなく、そこから学び、悟らせるために起きている現象であって、この世の万物のものを常に進化させるための自然現象であり、大宇宙の真理に他ならないのだ。

 

星の数ほどあるブッダこと釈迦、ゴータマ・シッダッタの悟りの本、ブログやサイトがあります。しかし、このスジャータこそ「悟り」の起爆剤ではないかと書かれているのは、私が見つけた中では仏典を独自に翻訳された方ともう1人しかおりませんでした。残念ながらお二人とも、仏教の無関係者であった。

このブッダこと釈迦、ゴータマ・シッダッタの「悟り」はスジャータという娘であったというのは、仏典の翻訳間違えなのか、あえて悟りへのマジックが仕掛けられていたのかは謎に秘めている。

悟りとはすべての生きとし生けるもののために永遠に尽くす事をともなうものである。
≪ 大乗仏教 ≫

 

明星

そして、悟りへの過程の中で《 夜明けの明星が輝く頃、悟りを開いたという 》という言葉もありました。

「明星」これもまた、仏典に書き残すまでもないことなので、弘法大師・空海と同現象が起きていたのだと推測いたします。

案の定、ブッダの悟りでも空海の悟り同様『明星が飛び込んできた』と書かれている方もいらっしゃいました。これが翻訳間違えなのか、もしくは信じられないことなので仏典にこう残したかは謎であります。

空海では『明星が飛び込んできて悟りを開いた』となっていて、これは神仏との一体化、繋がりができたことをいいます。空海であれば虚空蔵菩薩、ブッダは梵天との結縁といい、神仏が衆生と縁を結ぶことを意味しています。

本当にそんなことがあるのかと思うはずです。しかし、私の師匠こと高山誓英住職の知人も虚空蔵求聞持法の修行時に、明星が飛び込んできたと語っておりました。

また、私自身も不動明王護摩行の時に、護摩の炎から女性の拳程の火の玉が左胸に飛び込んできたことがあります。実際に熱さも感じ、シャツが焼けているように見えたのですが実際は焦げてもいなかったのです。

しかし、それからというもの不可思議な現象が私の身に起きるようになったことは、言うまでもないでしょう。

苦行 

また苦行というものも、本当は苦行をして「苦しむ人々の気持ちを自分の肌で実感して、どう生きるべきかを悟る」というのが本来の目的だったとみられる。しかしそこを間違えて、苦行をすれば悟れるとなったようです。 

苦行をして、苦しみや貧しさの苦しみを肌で実感し、この境遇の人々を救いたい、なくしたいと思わせ、そのために我々一人ひとりは存在しているということを認識させるための苦行であったといえましょう。

 

解脱への道 因縁生起と八正道

ブッダが説いた因縁生起、八正道、十二縁起などは、菩提樹での悟りの後に考えられたものといいます。もし、これらのことを瞬時に思いついたのであれば、フラッシュを差し込まれたパソコンと言っても過言ではないでしょう。

悟った後の数日間、瞑想をして余韻に浸ったと言われているが、その数日間にこの因縁生起や八正道などを考えたという、もっともらしい説もあります。

因縁生起とは苦しみが発生する原理を説いていて、八正道とは苦しみや悩みをなくすための方法を説いています。これは仏教徒でなくとも、私たち一般の人間でも実行すれば苦しみの世界から脱することができる手法であります。

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因縁生起とは

因縁生起を略して縁起ともいいます。

「生起」とは、物事が起こる現象のことをいう。「因」とは生起させる直接の原因であり、「縁」とは間接的な条件や原因を示している。この「因」と「縁」が複雑に関わり合って、物事や出来事が生じたり滅したりすることを因縁生起という。

全ての現象は、人間が知り尽くせない原因と条件とが複雑に関わり合って物事の生滅が起きていて、独立的のものではない。条件や原因がなくなれば結果も自ずからなくなるということを指す。これを万物の生滅変化の理法ともいわれる。

 

この大宇宙、万物のものは、因と縁が複雑に関わり合いながら生起しているということは、ひとつのものが集まって全体を創っているのではなく、全てとの関係、関わり合いが全体だと仏教では説かれているのです。

人間や動物、昆虫、草や木、水や土などのひとつひとつのものは全体があるから存在することができていて、逆に個々の存在が世界を支えています。他との関係から独立した自己は存在しないという。

これが仏教の根本的教理であり、ブッダの悟りの内容の一部であるという。

 

苦しみや病気などは、この因縁生起にて起きているといえます。この「大宇宙の摂理」に反した生き方をしていると、苦しみや病気が生起するということです。では、この「大宇宙の摂理」に反しない生き方をするにはということで、八正道というブッダの教えが出てくるのです。

 

八正道とは

大宇宙の摂理に従い、正しく生きることにより「涅槃」へ達することができるとブッダが説いた、人間が守るべき八つの行い。

「涅槃」とは一切の悩み、苦しみから脱した境地のことをいう。

この八正道の八つの戒律を守り、正しく生活していれば、必ずや身の変化を感じ取れることができ、人生が良い方向へ向かっているのが実感できます。

私たち人間を幸福に導くための手法であり、「涅槃」という境地への導きを約束してくれるものでしょう。

 

正見(しょうけん)

 正しい見解 

偏見や固定観念に執着せず、縁起の理法を見極めること。苦の発生の原因、苦の滅尽、滅尽のための道筋・手法を知ることを正見という。

この正見だけは特別で、以下の七種の正道によって実現される。 八正道は全て正見に納まるとされている。

 

正思惟(しょうしい)

正しい考え

「思惟」とは考えること、思考という意味で、真実をありのままに正しく考えることであり、 出離、無瞋、無害を思惟することである。

出離とは、離欲のことで名誉欲、財欲、色欲(性欲)などの欲から離れること。
無瞋とは、怒らないこと、怒り、恨みをなくすことをいう。
無害とは、万物、人や動物に悪い影響や害を与えないことをいう。

 

正語(しょうご

正しい言葉

悪口、妄語(嘘、偽り)、綺語(真実に反した飾った言葉)、両舌(2人に異なることを言って争わせる言葉)を使わず、正しい言葉を使うこと。また、相手に対しての正しい言葉遣いも含む。

 

正業(しょうごう) 

正しい行い

生き物を殺す殺生、他人の物を盗む行為(他人の妻も含む)、道徳に反する性的関係(不倫も含む)などの悪いことをせず、正しい行為をすることをいう。

 

正命(しょうみょう)

正しい生活

善行に努め、悪行や道徳に反する職業や仕事はせず、正当な生業を持って生活を営むことである。 

 

正精進(しょうしょうじん)

正しい努力

「精進」とは、ひたすら努力し,励むことをいう。

ブッダがいう、正精進とは。
①未発生の不善は、これが生じないよう精進することである。
②発生した不善は、これを解消するよう精進することである。
③未発生の善は、これが生じるよう精進することである。
④発生し成された善は、これが拡大するよう精進すること。

これら4つを正精進と呼ぶと説きました。
これらは因果律、因縁生起の実践的なことをいいます。

※「不善」とは、よくないこと、悪いことを意味する。
 「善」とは、良いこと、良い出来事を意味する。

 

正念(しょうねん)

正しい気持ち

「念」とは思い、気持ち、望みのことを意味する。

この正念とは、煩悩や邪念に負けず、常に仏道を心に思いとどめ、涅槃へと達する強い気持ちを持つことを意味します。

 

正定(しょうじょう

正しい集中力

「智慧」を得るための瞑想のことをいう。瞑想をすることにより、煩悩、感情の制御、高度な集中力、精神統一が身に備わり「智慧」を得ることができる。

「智慧」とは、全ての物事や現象の背後にある道理を見極める精神、心を意味する仏教用語である。また仏教の般若と同等の意味合いで用いられる。

  

即身成仏とは、仏に近づくには

即身成仏とは簡単に言ってしまえば、「生きながらにして仏となる」というのが即身成仏。仏教の言葉では、「人間が生身のままで悟りを開き仏となる」ということで、真言密教の教義とも言われている。 

仏には不動明王、阿弥陀如来、薬師如来、聖観世音菩薩、地蔵菩薩など様々な仏様がおります。この仏たちが存在する意味や役割はといいますと、全て「衆生という、生きとし生けるものを救うということのためだけに存在しております」ためだけにです。

我々、人間が仏になる、仏に近づくとは、まさに苦しむ者、飢えている者を助け、生きとし生けるもののために生きる。ということであり、悟りの内容であり、そこに自分自身の存在価値を見いだすことである。

 

超人的な能力、神通力を得るのが仏ではない。

苦行をしたところで、

南無妙法蓮華経と唱えまくったところで、

仏に成れるどころか、

近づくことすらできないのである。

 

即身成仏、仏に成るとは、

生きとし生けるもののために生きること。

これ以外に方法はないのである。

仏とは、そういうものだから.....

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仏となるには、人々を本当に幸せにしたい。救いたい。助けたい。という清い心がなくてはならない。その清い心があれば自身は仏に近づくことができ、仏となり、仏の声を聞き、仏を見ることができるのです。

そんなことが可能なのかと思われるでしょう。

可能なのです。

実際、今は亡き、札幌の明王寺という先代のご住職は不動明王と会話をして生きていたという。その住職は、いつも人々を救いたい、幸せにしたいと心から願っていたという。

あまり書きたくはないのですが、私自身も自殺を免れ、残りの人生は人のために使おうと決意し、寺に通い始めた頃から仏の声が聞こえるようになりました。あくまでも大事なとき、必要なときだけですが。信じる、信じないはお任せいたします。

お若い方は知らない人もいるかもしれないが、我々が生きたこの時代に神仏と会話をして生きた有名な方がおられます。

即身成仏、生きながらにして神仏となり、神仏と会話をし、神仏と共に生きた人物。最後にその方をご紹介して終わりにしたいと思います。

その方の名は...

Saint Teresa of Calcutta 【 聖マザー・テレサ 】

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貧しい人の中でも、もっとも貧しい人々の救済に生涯を捧げた愛の使徒、聖マザー・テレサ。

私欲、名誉、富、全てを捨ててインド、コルカタで病や貧困に苦しむ人々、老人、子供のために献身的な活動を行った人物。それは、カトリックの修道女という枠を超え、苦しむ人、貧しい人に幸せをもたらした神の化身とも言うべき聖女であった。

聖マザー・テレサ。カトリックであり、仏教の仏とは少しばかり名称が違うものの「即身成仏」、生きながらにして神仏と化した者には変わりはない。

そんな彼女は神と会話をして、神の手となり、足となり、全てを神と共にして生きてきた。彼女の行動全てが神の意思によるものだとも語っている。

聖なる母、テレサの《~母なるひとの言葉~》というビデオでは、このように伝えている。 

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聖マザー・テレサも心が清くなれば神と会話し、神を見ることができると語っております。清くなれば...それは美しく、人間本来が持っている心、魂を目覚めさせることである。

悟りの内容でもある、貧しさも苦しみも共に分かち合い、共に愛し、この地球という星で共存したいと願うのであれば、神仏は手を差し伸べることを物語っております。

彼女は、「祈る人はすべてが得られます。喜び、平和、愛、すべてが」と言ってます。これは、喜びや愛を与えてくださいと神に祈るのとは少し違います。

これは、苦しむ人、貧しい人、この地球の全ての人々のために救いを祈ることであります。この清い心が、言葉となり、行動となり、人々に幸せをもたらし、祈る人に神は富をもたらすのでしょう。

 

Biography of Mother Teresa【 聖マザー・テレサとは 】

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名称 / マザー・テレサ /   コルカタの聖テレジア

本名 / アグネス・ゴンジャ・ボワジュ

生年月日 / 1910年8月26日 / アルバニア人

出身地 / マケドニア(旧ユーゴスラビア)、首都スコピエ

 

活動領域 / インド、コルカタ(旧カルカッタ) " 当時、人口1千万人 、 路上生活者40万人以上 、 ハンセン病患者30万人以上 "

活動内容 / 自身でコルカタのスラム街を歩き回り、路上生活者の飢えている人にパンを与え、捨てられている子供、赤ちゃんを保護し施設へ連れて帰る。

路上で倒れウジが湧いている人、ネズミに食べられている人も保護し施設へと運び介護する。また、路上で死ぬ間際の人も施設に運び、亡くなるまで介護をし天国へと導く役目をする。これらの人はもちろん、どこの病院でも診てもくれない人たちです。

ネズミに食べられる人など、この日本では想像もつかないがコルカタでは当たり前のような出来事で、みな見て見ぬふりをして普通に通り過ぎていく。

そんな街で、裕福な家庭に生まれながらも、貧しい中でも最も貧しい街の人々に生涯を捧げた愛の使徒であります。使徒とは / 神イエスの神聖なる目的で遣わされた者のことをいう。

 

1910年

8月26日、裕福でありながらカトリックの信仰心に篤く、貧しい人への施しを積極的に行っていた両親のもと生まれる。小さいころから聡明で、12歳の時には将来はインドで修道女として働きたいという願望を持っていた。

1928年

故郷スコピエを離れ、アイルランドでロレト修道女会に入る。

1929年

インドに渡り、修道女としてコルカタの聖マリア学院で地理と歴史の教師をしていたが、テレサの目にはいつもコルカタの貧しい人々の姿が映っていたという。

1946年

9月、休暇のため避暑地であるダージリンに向かう列車に乗っていた時に「全てを捨て、貧しい人々の中でも最も貧しい人々のそばで働き、人々を救いなさい」という啓示を受け、コルカタのスラムで働く決意をする。

1948年

修道院を出てコルカタのスラムで働く。最初にテレサは、インド女性の着る質素なサリーを身にまとい、学校へ行くことができないホームレスの子供たちを集めて街頭での無料授業を行なった。
やがて彼女のもとに聖マリア学院時代の教え子たちが集まり、教会や地域の名士たちからの寄付が寄せられるようになる。

1950年

厳しい清貧を守りつつ悲惨な境遇の人々に奉仕する「神の愛の宣教者会」を設立。会の目的は「飢えた人、裸の人、家のない人、体の不自由な人、病気の人、必要とされることのない人、愛されていない人、誰からも世話されない人のために働く」ということであった。

1952年

「死を待つ人の家」と、ハンセン病患者のための「平和の村」を設立。介護する相手の状態や宗派を問わないテレサたちの活動は世界から関心を持たれ、多くの援助が集まった。

1971年

ヨハネス23世教皇平和賞

1979年

ノーベル平和賞受賞

1980年

バーラト・ラトナ賞受賞(インドで国民に与えられる最高の賞)

1983年

エリザベス2世から優秀修道会賞受賞

1996年

アメリカ名誉市民に選ばれる。

1997年

9月5日、世界が見守る中、コルカタのマザー・ハウスにて87年の生涯を終えた。

2016年

聖マザー・テレサに祈り、難病が治ったという2つの奇跡から「聖人」と認められることとなった。

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テレサが亡くなった1997年には「神の愛の宣教者会」のメンバーは4000人を数え、123ヶ国の610箇所で活動を行っていた。活動内容はホスピス、HIV患者のための家、ハンセン病患者のための施設、炊き出し施設、児童養護施設、学校などである。

宗派を問わずにすべての貧しい人のために働いたテレサの葬儀は、1997年9月13日にインド政府によって国葬として行われた。インド人でもない異国の人種であり、カトリックという異国の宗派である彼女の葬儀を国葬として。

その葬儀には各宗教の代表者が参列し、宗教の枠を超えて尊敬されたことを象徴するものとなり、まさに " 全宗教の代表者 " となったことを物語っている。

マザーの棺は陸軍兵によって砲車に乗せられ、国葬会場まで行進した。

その時の映像を観ていただきたい。

この時代に生きた、神の化身の最後を...

聖マザー・テレサこそ即身成仏、神と化した人間だったと少しでも伝わればと思います。また、わたしの時と同じように清い心の持ち主に、聖マザー・テレサが舞い降りてくることを心から願っています。

使用曲 神と人と -end of my dream- / BNSI  

最近、聖なる母テレサのことを悪く言っている人たちがいらっしゃる。多分、テレサのビデオ、DVDを観たこともない可哀想なお方でありましょう。マスコミの話題を簡単に信じてしまう可哀想な人たち。

映像の部屋はテレサが最後まで使っていた部屋です。あの狭い部屋。シングルベット。そして、あのサンダルも。あのボロボロなサンダルをいつも履いていたせいで足の指が変形していました。

贅沢するくらいであれば飢えている人、苦しむ人のためにお金を使うという清い心を最後の最後まで、この世を去る最後の日まで突き通していました。

彼女の口座には、48億ものお金を隠し持っていたと?

果たして、彼女が亡くなり寄付が滞ったとき、123ヶ国600以上の施設、そしてこの地球という星の苦しむ人、貧しい人のことを考えると48億で足りるのでしょうか。いや数年持つかも分からない。

すべては、あの部屋とサンダルが物語っている。

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最後に

今回の「悟り」、「即身成仏」 、「コルカタの聖テレジア」を通して、人間が生きる意味、ひとりの人間がこの星に存在している意味をご理解いただけたらと思います。

 

苦しむ者、貧しい者を助け、共に分かち合い、共存する。生きとし生けるもののために生きる。これこそが、我々一人ひとりが存在する意味であり、「悟り」の真実でありました。

 

その清い心を持つことによって、神仏と繋がることができ、貴方にこの地上生活での繁栄をもたらせることができるのです。

 

聖マザー・テレサのように生きなくてもいい。生きている間に1人でも2人でも貴方の愛によって救うことができたのであれば、貴方がこの地球という星に存在していた意味あることになります。

 

しかし、1人でも2人でも救うことができたのであれば素晴らしい幸福感を味わい、もっと人々を救いたいという願望が大きくなるはずです。

それは、人間という生きものの本能であり、本当の人間の姿であり、人間の心の奥深くに眠る「魂」という聖なるものの求めるところであるからです。

  

 

2018年、夏から取り掛かり何度も諦め挫折しながらでしたが無事、この記事を作成できたことに心から感謝いたします。

そして何よりも、「スジャータの愛ある行為こそが悟りであった」と確信することができ、ブッダの悟りの突破口となった、インドの仏典を独自に翻訳されたアメーバブログ、海外旅行便利帳の管理者様には心から敬意を表し、心から感謝いたします。本当にありがとうございました。 


自分のために生きるということを奥深く追求していくと、他人のために生きるという答えにたどり着く。
≪ Seikou Tokuchi ≫

 

すぐにションベンとなる高価なシャンパンというものを飲むのであれば、飢えてる人、貧しい人、苦しむ人に少しでもお金を使ってください。
それは喉を潤すだけではなく、あなたの未来をより一層潤すこととなるでしょう。
≪ Mother Teresa ?≫

 

【 釈迦が眠る聖地 】札幌 / 隠れパワースポット 「 仏舎利塔 」

釈迦, 霊氣, 大地, 太陽のパワースポット       札幌平和塔

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上記画像はブッダこと釈迦、ゴータマ・シッダッタの骨が眠る「仏舎利塔」またの名を「札幌平和塔」といいます。

ここは札幌市、藻岩山の中腹で札幌市民であれば誰でも下記画像の白い建物を見たことがあるはずです。見たことはあっても何なのか分からない方も多いはず。

今回はこの釈迦、ゴータマ・シッダッタの骨が眠る聖地、札幌平和塔のご紹介をいたします。この画像を見ていただいても分かるとおり、神聖なる聖地であるのを確認できるかと思います。

ここの聖地は釈迦、太陽、大地、山頂からの上質な氣が溢れんばかりに充満しており、まさにパワースポットと呼ぶべき場所。

しかし、ここの聖地に辿り着くには怪我をもしかねない山道をおよそ20分間、歩いていかなければならないのです。よって、ここの地を「隠れパワースポット札幌平和塔」と言わせていただきたいと思います。

それでは、相変わらずの細かすぎる内容、画像で聖地までをご案内していきます。釈迦、ゴータマ・シッダッタの恩恵を1人でも多く受けられることを心から祈っております。

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隠れパワースポット札幌平和塔、登山口までのアクセス

札幌平和塔への登山口は、藻岩山ロープウェイ乗り場のすぐ横にあります。必要ないかもしれませんが、まずは藻岩山ロープウェイ乗り場までのアクセスをご案内いたします。 

f:id:HaganeTokuchi:20180918110454j:plainお車の場合、南19条西16丁目交差点(ファミリーマート、携帯電話auショップ有)を藻岩山麓通(西側、山方面)に入ります。平岸方面から環状通を来るとまっすぐです。

すると下記画像の風景が見えます。ロープウェイの看板はあるのですが小さくて見落としてしまうので、太陽食堂さんを目印にして太陽食堂さんの前を入っていくと分かりやすいです。 

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少し走ると左手にロープウェイ乗り場の無料駐車場が見えます。夏季は朝10:30には開放されるとのことです。

早朝に行く場合は、すぐ近くに仮名「小さい熊の家」やタクシー待ち場もありましたので朝9:00位までは駐車できそうですが、ご自身のご判断でお願いしたいと思います。

 

◆ 地下鉄の場合、地下鉄東西線「円山公園駅」からバスを乗車。

◆ 市電の場合、停留所「ロープウェイ入口」で降りて下さい。

 

※詳しい内容は下記のリンクを参考にして下さい。
藻岩山へのアクセス - 札幌もいわ山ロープウェイ 

 

ロープウェイ乗り場から聖地、札幌平和塔までの道のり  

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藻岩山ロープウェイ乗り場です。 横の坂道を上がってください。 

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坂道を上がりましたら左側の階段を上がっていきます。 

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このように岩で足場の悪い道が結構あります。

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途中、休憩所の様な所があります。ここから10分程で平和塔へ到着するのですが「近道」と書かれています。

見ての通り、かなりの急斜面になっており危険です。後程、画像にて説明いたしますが通らないほうが無難です。通常の道で行きましょう。

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ここの階段を上れば到着です。しかし最後の難所とも言うべき、かなりキツくて長い階段になっております。

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この日は晴天で、太陽の氣もふんだんに注がれ体中ピリピリと痛いくらいに氣を感じました。

当日、私は仕事の関係で2時間しか睡眠をとっていなくて登山中は死にそうになっていたのですが、帰りには覚醒されて元気いっぱいサイヤ人になっておりました。本当に素晴らしいパワースポットです。

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ここに書かれている日蓮宗、藤井日達上人という方の発願で平和塔を建てたとのことです。後程、この藤井日達上人の偉業、素晴らしさを説明いたします。

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先程上がってきた階段です。夏季は木の葉が生い茂り何も見えないですが、春や秋には市内を一望でき素敵な風景が目に飛び込んできます。 

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行きは疲れ果てて気が付かなかったのですが、素敵な躑躅が咲いておりました。 

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帰り道を少し歩くと、もうひとつ下る道が見えてきます。 先程の近道だと大体の方がお気づきになると思います。

見た感じ緩やかな坂だし近道でも問題ないだろうと思うはずです。しかし近道を行ってしまったら運の尽き。半分くらい行った所で「しまった」と思うはずです。

下記2枚が近道の画像なのですが上方から撮っても分かりずらいので下から撮ってみました。私は過去に近道を通った時に、岩の苔で足を滑らして滑落しました。

幸い、怪我はしなかったものの買って2日目の財布が傷だらけになりオシャカになりました。お釈迦に会いに行って財布がオシャカです。スマホが無事だったことに気持ちをなだめ、下山したのを思い出します。

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f:id:HaganeTokuchi:20180822142023j:plainくれぐれも、お怪我のないようお気を付けて下山してください。

 

平和塔管理所【日蓮宗 日本山妙法寺】

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ロープウェイ乗り場から太陽食堂のほうへ下がって行くと、札幌平和塔の管理所でもある「日本山妙法寺」があります。

この寺院も先程の藤井日達上人が建てられた寺院になります。今回、こちらの寺院の僧侶様に平和塔のことや霊験を聞いてまいりました。 

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平和塔のお賽銭箱について

何故、お賽銭箱を置かれていないのか尋ねると、前は置いてあったのですが悪い人がお賽銭箱を壊してお金を盗んでいくという。

しかも、壊したお賽銭箱を山の途中に捨てていくというのです。そんなことが何度か続いたために置くのをやめたのことです。

しかし、仏様のお金を盗んでいくとは、とんでもない悪党がいるものです。人生、苦しんでくださいって感じです。

 

平和塔を創った時の苦労

昭和34年に完成したということは、今から60、70年前に工事を始めたことになります。当時は機械やトラックもなく、全て人力と馬車で山道を登り建設材料を運んだということです。

 

建設費や作業員は

建設費や作業費は国や市からは、一切いただいていないとのことです。

当時、僧侶たちが日本全国で托鉢といって街々で鉢を持ち、お経を読んだり太鼓を叩いたりしてお布施をいただく修行をして集めたお金や寄付によって建設費を補ったとのこと。

作業員も僧侶や信者が日本全国から集められ、全て人力で過酷な作業をしたとのことです。

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霊験

平和塔のお釈迦様に様々な祈願をしに来る人がいるといいます。合格祈願、必勝祈願と人それぞれだが、心願成就したとの報告をよくいただくと言っておりました。

病気になった人が毎日のように平和塔まで登り、「病気を治して下さい」と平和塔を何周も回り、祈ったところ病気平癒したとのこと。

その際、祈るだけではなく、平和塔の周りを掃除、雑草刈りまでも自ら進んでやったという。まさに釈迦、ゴータマ・シッダッタの功徳によるものという。

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病気でない人でも、この平和塔に来ると「とても元気になり力が漲る」や「すごく心が落ち着く」という報告をよくいただくと言っておりました。

 

先程も書きましたが私自身も睡眠不足で死にそうになりながら平和塔まで登ったのですが何故か着いてしばらくすると、いつも以上に元気になっておりました。何か不思議な力、パワーがあるようです。

 

勤行御案内 

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◆勤行

 毎朝六時より一時間
 毎夕三時より一時間

※寺院の仏前で読経をする修業。お勤めともいう。

 

◆仏舎利塔参拝 毎月一日

 当門 午前五時三十分 集合
    午前六時    出発

※僧侶様と太鼓を叩きながら平和塔まで登り参拝いたします。

 

◆御題目講

 第三日曜日 午後一時より
 毎月十八日 午後一時より

※法華経の題目である「南無妙法蓮華経」を唱え、日蓮の唱えた教義、信者との親和を確認する講。

 

【どなた様も精神修養のため御参拝下さい。日本山妙法寺】

 

◆ラジオ体操

毎朝6時頃に山頂の平和塔前に集まり、6時25分からラジオ体操を数名の方々がやっておられるといいます。日本山妙法寺の僧侶様は参加する日としない日があるといいます。

 

Remarks〔 備考 〕

平和塔までの道のりの途中、「はらっぱ」まで約3分という矢印があります。

はい。間違えなく「はらっぱ」でした。子供と一緒に行かれた時は行ってみても良いかもしれません。只、夏季に行くと蚊が沢山飛び回っておりました。私もふと、頭の上を見上げると20匹位の蚊に囲まれておりましたのでお気をつけて。

市内一望も残念ながらできるスポットではなかったでした。

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クソ高い値段のロープウェイに乗らずとも、クソ洒落たレストランで飯を喰わずとも、どこか市内一望できるスポットがないかと一帯を歩き回りましたが残念ながらなかったのでした。

しかし、ロープウェイ乗り場の奥にある東本願寺北海御廟の墓地の上に絶景スポットがありました。

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無料で絶景が見れるのは良いですが、ここで敷物を広げてオニギリという気分ではないですね…しかし、墓地と市内一望という不思議なコラボはアニメの世界に入ったような気分を味わえます笑

平和塔だけでは物足りないという方であれば良いスポットではないでしょうか。

 

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正直、先程の山道を通らなくても途中まで車で行き、整備された道を10分も歩かないで平和塔に行ける道はあるのです。

しかし他人様の私有地を通り、そこに車を置いていかなければいけないので、ここでは紹介しないでおきます。

もし、御病気の方や足が悪い方で、どうしても行きたいという方は私にメールをいただければ返信してご紹介いたします。お気軽にご連絡いただければと思います。

管理者email address ⇒ hagane.tokuchi@gmail.com

 

日本山妙法寺山主 藤井日達上人とは

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藤井日達上人 (1885~1985)

熊本県、阿蘇郡出身。1917年、中国に「日本山妙法寺」を建立したのを皮切りに日本、世界各地に130以上の寺院と70以上の仏舎利塔を建立した偉人。

全ての寺院は「日本山妙法寺」という名称に一律しており日蓮宗、真の出家修行者で構成されているという。修行者は妻帯せず、檀家を持たず、仏舎利塔を建立して平和行脚を中心に修行するという、まさに僧侶の中の僧侶で組織された宗教法人である。

日達上人が1933年にインドに渡った際にマハトマ・ガンジーと出会い、非暴力主義思想に共鳴したことで二人の縁が深まったという。その流れからインドのネール首相より「仏舎利」という釈迦、ゴータマ・シッダッタの骨を贈与され、それを収めるために仏舎利塔を建立したのが始まりと。

そして、日達上人筆頭に原水爆禁止運動、米軍軍基地反対運動、ベトナム反戦運動、イラク戦争反対運動など数え切れない程の平和運動への参加。「世界宗教者集会」や「国際平和会議」の開催に尽力するなどをしてきた。

1982年にはニューヨークの国連軍縮特別総会に向けて西海岸からニューヨークまで僧侶、信者が大陸を横断するといった平和行進を行ったり、国連前にて三日間断食御祈念。ニューヨーク・セントラルパークでの100万人反核集会に参加し、核兵器廃絶を演壇で訴えたという。

藤井日達上人。

戦後、この国内で「平和」という言葉を世界中に発信し続けた偉人で、藤井日達上人の右に出る者はいないと思われる。

日本山妙法寺の僧侶様に、私が「藤井日達上人様」と発した時に見せた、あの『微笑』の意味が分かる様な気がいたします。それだけの偉人であり修行者からは尊敬されていたからに違いない。

この平和塔の聖地のパワーには、藤井日達上人の血と汗と平和に対する情熱も入り混じり、不思議なパワーとして健在しておられると思った次第です。

 

下記リンクは日本山妙法寺のホームページになります。

 

Summary  

王子という名誉を捨て、生きるという真実を求め歩き、苦しみから人々を救いたいという一心に生き、仏教という宝を世に広めたブッダこと釈迦、ゴータマ・シッダッタ。

その方の骨が納められている仏舎利塔、またの名を平和塔。

その神聖なる聖地の地に足を踏み入れて何もないということはないでしょう。

 

その地は釈迦、ゴータマ・シッダッタの功徳以外にも藤井日達上人の功徳と藻岩山山頂から流れてくる上質な氣。大地の氣。太陽の氣と上質な氣に包まれている神聖なる空間です。

聖地までの道のりは険しい山道を歩いていかなくてはいけないですが釈迦、ゴータマ・シッダッタを目にした時には、この上ない幸福感と達成感を味わうことでしょう。

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しかし、どんなパワースポットであれども、どなたでもそのパワーを授かるという訳にはいかないのが面白い。

自身のことしか考えていない。私利私欲な人生を歩んでいる方には授かることはできない。

人を思いやる気持ちを持ち、他人のために自身を犠牲にするような人間で、正しい生き方をしている人間でなければ、不思議な力も神仏の功徳にあやかることはできない。

それが神仏の求めるところであり、この世の、宇宙の、自然の摂理に他ならないからです。

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今、この地球という星は転換期を迎えております。知ってのとおり未だかつてない災害があちこちで起きております。

この星を子供や孫が何事もなく暮らせて行けるようにするには我々一人一人が正しい生き方をし、神仏に守られながら生きていかなければ、恐ろしい末世が待っているということを認識していただきたい。

信じられないと思いますが、この世はコインの表と裏のように霊界という不思議な世界と密接に繋がっております。

人類がみな、正しい生き方をしていれば災害も病気も苦しみもなくなるのが釈迦、ゴータマ・シッダッタの語る大宇宙の真理なのです。

釈迦、ゴータマ・シッダッタの願いが一人でも多く悟ることができるのを心から祈っております。

南無妙法蓮華経

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