真実への扉

生きる理由。この世の真実。神、仏の存在を1人でも多く知って頂き、この地獄のような世界から天国への切符を手にして頂きたい。自身の経験と霊的書物で知った事を分かりやすく説明したいと思っています。

高級霊シルバーバーチ

 

 

シルバーバーチ『古代霊は語る』より   

 

今回は『古代霊は語る』より、高級霊シルバーバーチが語った苦しみ、悲しみの真実、そして興味がある方も多いと思われる愛するペットの死後のことを少しだけご紹介したいと思います。

 

 

苦しみ、悲しみの真実

 

苦しみ、悲しみの真実について、とりあえず著書の一部をご紹介いたします。神の摂理=恒久不変の自然法則=原因と結果の法則=因果律。ようは因縁のことだろうと言う方がいると思いますが、シルバーバーチはこれに人間の霊的向上という目的を付加します。単なる因果応報の機械的な繰り返しではなく、その因果律に人間を向上せしめんとする神の配慮があると説くのです。人間の真情として、不幸や貧乏、病気、災害といったものが無いことを希望しますが、それは今という刹那しか認識できない人間の狭い量見から出るわがままであって、過去、現在、未来の三世を見通した神の目から見れば、当人の成長にとってはそれが最上であり必須のものであるわけです。

と、著者の近藤氏は書かれています。私達を向上させる為に物事は起きているのですね。以下は著書の一部で高級霊シルバーバーチが語ったことを何点かご紹介させていただきます。

 

                          

 

 

f:id:HaganeTokuchi:20170930120714p:plain何もかもうまく行き、鼻歌まじりの呑気な暮らしの連続では、神性の開発は望むべくもありません。そこで神は苦労を、悲しみを、そして痛みを用意されるのです。そうしたものを体験して、はじめて霊的知識を理解する素地が出来上がるのです。

 

 

 

 

 

f:id:HaganeTokuchi:20170930121404p:plainあなた方にとって悲劇と思えることが、私どもから見れば幸運と思えることがあり、あなた方にとって幸福と思えることが、私どもから見れば不幸だと思えることもあるのです。 

 

 

 

 

   

f:id:HaganeTokuchi:20170930121440p:plain困難にグチをこぼしてはいけません。困難こそ魂の肥しなのです。むろん、困難の最中にある時は、それを有難いとは思えないでしょう。辛いのですから。しかし、あとでその時を振り返ってみた時、それがあなたの魂の目を開かせるこの上ない肥しであったことを知って神に感謝することになるでしょう。この世に生まれてくる霊魂が皆、楽な暮らしを送っていては、そこに進歩も開発も個性も成就もありません。

 

 

 

 

 

f:id:HaganeTokuchi:20170930121649p:plain悲しみは、魂に悟りを開かせる数ある体験の中でも特に、非常に深い意味をもつものです。悲しみが魂の琴線にふれた時一番良く、眠れる魂の目を醒まさせるものなのです。魂は肉体の奥深くに埋もれているために、それを目覚めさせるためには余程の強烈な体験を必要とします。悲しみ、無念、病気、不幸等は地上の人間にとって教訓を学ぶための大切な手段なのです。もしもその教訓が簡単に学べるものであれば、それは大した価値のないものということになります。悲しみの極み、苦しみの極みにおいてのみ学べるものだからこそ、それを学べる準備の出来た人にとって非常に深い価値があると言えるのです。

 

 

 

 

 

f:id:HaganeTokuchi:20170930121814p:plain失意のドン底にある時はもう全てが終わったかの感じになるものですが、実はそこから始まるのです。あなたには、まだまだ発揮されていない力、それまで発揮されたものより遥かに大きな力が宿せれているのです。それは楽な人生の中では、決して発揮されません。苦難と困難の中でこそ発揮されるのです。金塊もハンマーで砕かないとその純金の姿を拝むことが出来ないように、魂という純金も悲しみや苦しみの試練を経ないと出て来ないのです。それ以外に方法がないのです。

 

 

 

 

 

f:id:HaganeTokuchi:20170930121938p:plain平凡な生活を送っているようで次々と悩みや苦労が耐えない現実は、全て魂の試練として神が与えて下さっているのであって、それが無かったら人生は何の意味もないのです。あなた方もそのうち肉体の束縛から離れて、物質的な曇りのない目で地上で送った人生を振り返る時が来るでしょう。その時、その出来事の一つ一つがそれぞれに意味をもち、魂の成長と可能性の開発にとって、それなりの教訓をもっていたことを知るはずです。

 

 

 

 

 

 

  ペット、動物の死後について

 

愛するペットが亡くなり悲しみにふけることもあると思います。愛するペットや動物が死んだ後にどうなるのか?あの世でも再会する事ができるのか?愛するペットを飼っていた方であれば興味のあることだと思います。僕が知人に、この本を渡した後にペットのことが書かれてることに感動した。また逢えるのが待ち遠しいなどと言っておられる方が何人かいました。ペット、動物の死後について書かれている一部を少しだけご紹介したいと思います。

 

 

 

 

 

f:id:HaganeTokuchi:20171003114325p:plain動物は死後もずっと飼主と一緒に暮らすのでしょうか?それとも、動物だけの世界へ行くのでしょか?

 

f:id:HaganeTokuchi:20171003114848p:plainどちらとも一概には言えません。なぜなら、これには人間の愛が関わっているからです。死後も生前のままの形体を維持するか否かは、その動物に対する飼主の愛一つに関わっているのです。もしも動物とその飼主の両者が時を同じくして霊界へ来た場合、その飼主のところで暮らします。愛のある場所が住処となるわけです。愛が両者を強く結びつけるのです。その場合は動物界へ行く必要はありません。しかし、もし飼主より先に他界した場合は、動物界へ行ってそこで面倒をみて貰わなくてはなりません。飼主との愛が突如として切れたのですから、単独で放っておかれると動物も迷います。地上では人間的な愛と理性と判断力と情愛を一身に受けたのですから、その主人が来るまで、丁度あなた方が遠出をする時にペットを専門家に預けるように、霊界の動物の専門家に世話してもらうわけです。

 

 

 

 

   f:id:HaganeTokuchi:20170827095456p:plain 動物界には、どんな種類の動物がいるのでしょうか?

f:id:HaganeTokuchi:20171003111613p:plain地上で可愛がれている動物、親しまれている動物、大切にされている動物達のすべてがおります。そうした動物は飼主の手から離れたことで寂しがったり、迷ったりするといけないので動物界に連れてこられて、他の動物達と一緒に暮らしながら動物の専門家の看護を受けます。そこには動物、ペットを喜ばせる物が何でも揃っており、やりたいことが何でも出来るのでイライラすることがありません。そして、時には地上にいる飼主の家まで連れて来られ、しばしその懐かしい雰囲気を味わいます。飼っていたペットの犬や猫を見たとか出たとか言って騒ぐのは、そんな時のことです。何となくあの辺にいたような気がするといった程度にすぎないのですが、地上の動物の目には、ちゃんと見えています。霊視能力が発達していますから・・・

 

 

 

 

 

 

 

2回に亘りシルバーバーチ『古代霊は語る』の著書をご紹介いたしましたが、ご紹介したところは僕が好きなところや重要と思われる所のたったの数箇所であって、この本にはこの様なことが沢山書かれています。決して、読みやすいとは言えない細かい字で301ページにも亘り語られています。是非ともダイヤモンドの輝きとも呼ばれる古代霊からのメッセージを、長い長い人生のバイブルとして読んでいただきたく思います。

 

私達の罪や過ちを、苦しみ、悲しみで悟らすのであれば、逆に善い事をすれば善い事が起きる。別のシルバーバーチの本でも、サービスにはサービスで返すと書かれています。それが、この世の法則。絶対不変な自然法則、神の摂理なのでしょう。こんな簡単なことを知っていれば、この世の中から犯罪や悪いことが減り、素晴らしい世界になるのだろうと思います。

 

 

高級霊シルバーバーチ

 シルバーバーチ『古代霊は語る』より

 

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今回は全11巻のシルバーバーチの霊訓を1冊に凝縮した快挙の作品である、近藤千緒氏著の『古代霊は語る』から重要なところをご紹介していきたいと思います。

11巻を1冊にしたので内容はかなり深いものになっており、重要と思われるところ満載です。生きる理由、苦労や病気の理由、死後も生き続けるということが詳しく書かれています。シルバーバーチの霊訓、全巻を読むのは大変なことなので、まずはこの1冊を読むことをお勧めいたします。

 

シルバーバーチ

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簡単に説明いたしますと、1920年の英国での出来事で3,000年前に地球に生存していた古代霊が、英国人モーリス・バーバネルという人の身体を使って、この世の真実を約60年間に渡り、教え尊くというものです。この古代霊こそが高級霊シルバーバーチです。日本で言うとイタコみたいなものでしょうか、ちょっと失礼な感じもいたしますが。実際には3,000年よりもっと古い霊とのことです。地上とは波動が違い過ぎるので中間に北米インディアンの霊を使い、モーリス・バーバネル氏の身体を使ったということです。詳しく知りたい方は、シルバーバーチで検索していただければと思います。似たような物では、聖ヨハネのホワイトイーグルという霊が真実を教え尊くというものや高級霊インペレーターがステイトン・モーゼス氏の身体を使い、真実を語る『霊訓』『続・霊訓』という書もあります。

 

この『古代霊は語る』という本、すべて重要と思われますが特に重要、伝えたいと思う箇所を抜擢します。信じられないと思うでしょうが、信じていただきたい真実です。

 

 

この世に生まれる理由、この世で生きる目的

 

                                                                             

f:id:HaganeTokuchi:20170827095456p:plainこの世への再生は自発的ですか、それとも果たすべき目的があって已む得ず再生するのでしょうか?

  f:id:HaganeTokuchi:20170929081850p:plain  その両方です。

   f:id:HaganeTokuchi:20170827095456p:plain   この世への再生は強制的というわけですね。

f:id:HaganeTokuchi:20170929082350p:plain誰かから再生しろと命令されるのであれば強制的と言ってもいいでしょうが、別にそういう命令が下るわけではありません。ただ、地上で学ばねばならない教訓、果たすべき仕事、償うべき前世の過ち、施すべきありながら施さなかった親切、こうしたものを明確に意識するようになり、今こそそれを実行するのが自分にとって最良の道だと自覚するようになるのです。

 

   

 

 

f:id:HaganeTokuchi:20170827095456p:plain霊魂は一体どこから来るのですか?魂の貯蔵庫のようなものがあるのですか?子供を作る場合、魂はどこから来るのですか?

f:id:HaganeTokuchi:20170929082944p:plainあなたの問いには誤解があるようです。あなた方が霊魂をこしらえるのではありません。人間のすることは、霊魂が自己を表現する為の器官(身体)を提供することだけです。生命の根源である霊は無限です。無限なるものに個性はありません。その一部が個体としての表現器官(身体)を得て地上に現れる。その表現器官(身体)を提供するのが人間の役目なのです。霊は永遠の存在ですから、あなたも個体に宿る以前からずっと存在していたわけです。が個性を具えた存在、つまり個体としては受胎の瞬間から存在を得ることになります。霊界にはすでに地上生活を体験した人間が大勢います。その中にはもう一度、地上に来て果たさなければならない責任、やり直さなければならない用事、達成しなければならない仕事といったものを抱えている者が大勢います。そして、その目的の為の機会を与えてくれる最適の身体を探し求めているのです。

 

 

  

    f:id:HaganeTokuchi:20170827095456p:plain   もう一度やり直すチャンスは全ての人間に与えられるのでしょうか?

f:id:HaganeTokuchi:20170929083708p:plainもちろんですとも。やり直しのチャンスが与えられないとしたら、宇宙が愛と公正とによって支配されていないことになります。墓に埋められて万事が終わるとしたら、この世は正に不公平だらけで、生きてきた不満の多い人生の埋め合わせもやり直しも出来ないことになります。私どもが地上の人々にもたらすことの出来る最高の霊的知識は、人生は死でもって終了するのではないということ、従って苦しい人生を送った人も、失敗の人生を送った人も、屈辱の人生を送った人も、皆もう一度やり直すことが出来るということ、言い換えれば悔し涙を拭うチャンスが必ず与えられるということです。人生は死後もなお続くのです永遠に続くのです。その永遠の旅路の中で人は内蔵している能力、地上で発揮し得なかった才能を発揮されるチャンスを与えられ、同時に又、愚かにも神の法則を無視し、人の迷惑も考えず横柄に生きた人間は、その悪業の償いをする為のチャンスが与えられます。神の公正は完全です。騙すことも、ごまかすことも出来ません。すべては神の眼下にあるのです。神は全てをお見通しです。そうと知れば、真面目に正直に生きている人間が何を恐れることがありましょう。恐れを必要とするのは利己主義だけです。

 

 

 

f:id:HaganeTokuchi:20170827095456p:plain死後、霊界に行ってから地上生活の償いをさせられますが、さらに地上に再生してからまた同じ罪の償いをさせられるというのは本当ですか?神は同じ罪に対して二度も罰を与えるのですか?

f:id:HaganeTokuchi:20170929084101p:plain償うとか罰するとかの問題でなくて、要は進化の問題です。つまり学ぶべき教訓が残されているというこであり、魂の教育と向上という一連の鎖に欠けている部分を補うということです。生まれ変わるということは必ずしも罪の償いの為とは限りません。欠けてるギャップを埋める目的で再生する場合がよくあります。もちろん償いをする場合もあり、前世で学ぶべきでありながらそれを果たせなかったことをもう一度学びに行くという場合もあります。罪の償いとばかり考えてはいけません。ましてや二度も罰せられるということは決してありません。

 

 

 

f:id:HaganeTokuchi:20170827095456p:plain地上の人間にとって完璧な生活を送ることは可能でしょうか?すべての人間を愛することが出来るのでしょうか?

f:id:HaganeTokuchi:20170929084343p:plainそれは不可能なことです。が、そう努力しなくてはいけません。努力することそのことが、性格の形成に役立つのです。怒ることもなく、辛く当たることもなく、腹も立てることもないようであれば、もはや人間でないことになります。人間は霊的に成長することを目的として、この世に生まれてくるのです。成長また成長と、いつまでたっても成長の連続です。それは、こちらへ来てからも同じです。

 

 

 

f:id:HaganeTokuchi:20170827095456p:plainそちらへ行くとどんな風に感じるのでしょう。やはり後悔の念というものを強く感じるのでしょうか?

f:id:HaganeTokuchi:20170929084502p:plain1番残念に思うことは、やるべきことをやらずに終わったことです。あなたもこちらへお出になれば分かります。きちんと成し遂げたこと、やるべきだったのにやらなかったこと、そうしたことが逐一わかります。逃してしまった好機がいくつもあったことを知って後悔するわけです。

 

  

  

f:id:HaganeTokuchi:20170827095456p:plain善人が死後の世界の事を信じなかった場合、死後そのことで何か処罰などを受けるのでしょうか?

f:id:HaganeTokuchi:20170929084502p:plain善人とか悪人とかの意味がわかりませんが、要はその人が生きてきた人生の中身 、つまりどれだけ人の為に尽くしたか、内部の神性をどれだけ発揮したかにかかってます。大切なのはそれだけです。知識は無いよりは有ったほうがましです。が、その人の真の価値は毎日をどう生きてきたかに尽きます。

 

  

   

    f:id:HaganeTokuchi:20170827095456p:plain   唯物主義者や無神論者は死後の世界でどうなりますか?

f:id:HaganeTokuchi:20170929084740p:plain宗教家とか信心深い人は霊的に程度が高いという考えが人間を長いこと迷わせてきたようです。実際は、必ずしもそうではないのです。ある宗教の熱烈な信者になったからといって霊的に向上するわけではありません。大切なのは日常生活です。あなたの現在の人間性、それが全てのカギです。祭壇の前にひれ伏し神への忠誠を誓い、選ばれし者の一人になったと信じている人よりも唯物主義者や無神論者、合理主義者といった宗教とは無縁の人の方がはるかに霊格が高いといったケースがいくらでもあります。問題は何を信じるかではなく、これまでどんなことをして生きてきたかなのです。

 

 

 

 

    f:id:HaganeTokuchi:20170827095456p:plain   キリストへの信仰をどう思われますか?

f:id:HaganeTokuchi:20170929085020p:plain主よ、主よと、何かというと主を口にすることが信仰ではありません。大切なのは主の心に叶った行いです。それが全てです。口にする言葉や、心に信じることではありません。実際の行為です。何一つ信仰といものを持たなくても、落ち込んでいる人の心を元気づけ、飢えてる人にパンを与え、暗闇にいる人の心に光を灯してあげる行為をすれば、その人こそ神の心に叶った人です。

 

 

 

 

という感じで、生きる目的や生まれる理由というものは魂の成長、進化。人間としての成長、進化を目的としてるみたいですね。あの世が私たちの本当の住家であって、この世には、いろいろな体験を通して人間としての成長、過去や前世での罪の償いをして過ちから学び成長する。そんな感じでしょうか。この著書で、著者の近藤千雄さんはこう言ってます。この長い人生の旅路の地上生活は、宇宙学校のホンの幼稚園、いや...保育園程度のものなのかもしれません。なんか、どデカくて長い話ですね。

 

次回は『古代霊は語る』より、苦しみ、悲しみの真実をシルバーバーチさんに教えてもらいましょう。ペットと死別したらどうなるみたいなことも書いてあるので興味ある人も多いのではないでしょうか。

  

苦しみ、悲しみの真実③

 

苦しみ、悲しみの真実のまとめ

 

 

苦しみ、悲しみ、不幸、不運の原因には、道を正す為にやも得ずの場合と自分が犯した過ちが返ってきて反省させる、因果応報の2つの場合があるといいました。

2つとも我々を成長、新化させる為に起きています。

 

ここで大事なのは過ちを過ちと思っていないことがあるということです。

自分では何気ない発言でも他人には傷ついている時もあります。

上から怒鳴りちらしても他人は、すごく傷ついてます。

そして、不倫。立派な泥棒ですし、淫らな行為です。

借りたものを返さない。

親を大事にしない。

自身の成績の為に、他人を利用する。

遅い車や小さな車を煽るのをよく見ます。

煽られている人は恐怖心しかありません。

数えたらきりがありません。

自分では大したことでないと思っていても他人には、

すごく傷ついたり迷惑なものがあり、立派な過ち、罪なのです。

 

仏教では十善戒というものがあります。十悪を戒律としたものです。 

不殺生(ふせっしょう) 故意に生き物を殺さない。

不偸盗(ふちゅうとう) 他人のものを盗まない。

不邪淫(ふじゃいん) 不倫など道徳に外れた関係を持たない。

不妄語(ふもうご) 嘘をつかない。

不綺語(ふきご) 心にもない奇麗ごとをを言わない。

不悪口(ふあっく) 乱暴な言葉を使わない。

不両舌(ふりょうぜつ) 告げ口、中傷、二枚舌を慎む。

不慳貪(ふけんどん) 激しい欲をいだかない。

不瞋恚(ふしんに) 激しい怒りをださない。

不邪見(ふじゃけん) 間違った考え方をせず、正しい判断する。

 

旧約聖書モーセ十戒にも同じ様なことが示されています。

1.わたしのほかに、何ものをも神としてはならない。

2.偶像を作ってはならない。(偶像崇拝の禁止)

3.主、神の名をみだりに唱えてはならない。

4.安息日を覚えて、これを聖とせよ。

5.父と母を敬え。

6.何をも殺してはならない。

7.姦淫してはならない。(道義に反する肉体関係、不倫)

8.盗みを働いてはならない。

9.隣人について、偽証してはならない。

10.他人の物を欲しがってはならない。(他人の妻も含む)

 

これらの戒律、教えは僧侶やキリシタンに限らず一般の庶民、私たちも生活の中で守るべきものと思います。上記のことを守って生きていれば人格、魂の向上、人間としての成長をし、過ちからくる不幸もなくなり運が良い人生を過ごせます。

 

あと、不倫のことですが。男性に限らず女性も最近では、軽い気持ちで不倫をしている方がよくいます。大したことのないように思えますが、かなりの罪のようです。キリスト教では殺人と同じ位の大罪で、イスラム教では死刑になるとのことです。映画やドラマの影響もあるとはいえ、良く考えないといけないことなのでしょう。

 

そして、過ちからくる不運や不幸、苦しみは全て自分に降りかかってくるとは限りません。愛する者や子供に降りかかることもよくあります。愛する者に不幸を与えたほうが悟るのが早いだろう、という法則です。愛する者や子供が重い病気にかかったり、事故にあったり、イジメにあったりということもあるでしょう。

原因は、あなた本人だったりもします。

 

十善戒に示されたことを、ひとつひとつ守って他人の事を考え生きていれば必ずや、不運や不幸、悲しみはなくなり幸せな人生を約束されるはずです。

 

 

ちなみに余談になりますが。

僕は改心する前までは、とんでもない遊び人でした(汗)

昔、不倫の件で、とある住職にこっぴどく怒られたことがあります...

「こらっっ!おまえら!!犬や猫でもあるまいし!」

「何、考えてんだっ!馬鹿者っ!泥棒と同じだっ!!」と...

言ってもいないのに、バレました。すごい能力です...。

あと最近では、タイプの女性に会った時、

めっちゃ、なんとかしたいわー。

めちゃ、かわいいじゃん。遊びたいわ~などと思うと、

天から「不邪淫...」と声がします。

その度に「あ~はいはい。わかりました...」

つまんねーな...と思う次第ですが、重要なんですね...。不邪淫。

失礼いたしました。