真実への翼

生きる理由。この世の真実。神、仏の存在を1人でも多く知って頂き、この地獄のような世界から天国への切符を手にして頂きたい。自身の経験と霊的書物で知った事を分かりやすく説明したいと思っています。

苦しみから必ず貴方を救う、不動明王とは...〔 不動明王、完全解析 〕

現世利益、調伏、癌や難病をも治す、救いの仏、不動明王

 

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まず最初に。不動明王とか仏様って本当にご利益あるの? 仏像だけど本当に存在するの?と皆さんは思うはずです。答えはYES 。ご利益もあるし、仏様は実在するのです。

 

 

私は8年前、事業で失敗し多額の借金をつくり、人生のどん底まで落ち、自殺を考えたときもありました。そんな時、占い師に不動明王を教えていただき「必ず助けてくれるから、いつもこの不動明王を持ってなさい」と不動明王の写真を渡されました。

 

半信半疑で毎日、手を合わせていると何か守られているというか不思議な出来事が頻繁に起こるようになったのでした。今までの常識を覆すような不思議な何かを感じました。神仏は実在する...それ以降、私は不動明王を心から信じ生きています。

 

この世のものとは思えない、何か不思議な力が秘められているこの不動明王。是非、苦しみ、悲しみの最中にいる人々に知っていただきたく、この記事を作りました。この不動明王、苦しみや厄災から救ってくれるのはもちろんのこと、癌や難病も治ったという霊験も数多く聞きます。祈るところ必ず霊験あり。と言われる不動明王に一人でも多く救われることを心から祈っています。

 

不動明王、不動尊、不動使者とは 

 

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画像は山梨県、恵林寺に祀ってある武田信玄の武田不動

 

不動明王とは密教、諸仏の最高位、大日如来の化身であり使者とも言われています。悪魔や鬼のような憤怒の姿は、人々や悪人をも力ずくで悟りに導き救済するためになったとのことです。そして人々の煩悩や障害、厄災をも滅ぼし、人々や仏教界に害を与える魔物や悪魔を降伏させるために恐ろしい憤怒のお姿になったとのことです。

 

鬼のような形相は必ず人々を救うという決意の現われで、不動明王に祈れば必ず助けてくれるような気持ちになります。そして悪魔に限らず、私たちに害を与える者や敵とみなす者も調伏といって祈れば制することをしてくれます。戦国時代には敵国、敵の武将を調伏させるために不動明王に祈願し勝利したとのことです。いじめる相手、憎い相手を調伏させるために不動明王にお願いするのもいいと思います。全てを円満に収め、必ずあなたを救ってくれます。

 

ちなみに道義に反する調伏などの祈願は、叶うどころか自身に厄災として返ってくるのでお気を付けください。あくまでも不動明王は、仏様というのをお忘れなくいただきたい。

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この不動明王にお願いしてみたい、祈願してみたいけどお寺に行かないといけないの?もちろん寺院に行って参拝するのがいいですが、このブログの不動明王の気に入った画像を印刷して写真立て、フォトフレームに入れて祈願、お願いごとをしても充分にご利益が得られます。

私は現在でも、占い師に頂いた不動明王の写真に手を合わせています。長年、手を合わせていると愛着があり他の不動明王に変えることができません。印刷した写真や画像でも信じる気持ちがあれば魂は宿ります。不動明王は、その写真に宿ります。そして、貴方を守り続けます。

 

解析 不動明王の各部の名称と働き

  

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 画像は札幌市、真言宗成田山真如院の不動明王

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神が創った雲と北海道パワースポット、神威岬

神が創った雲とパワースポット、北海道積丹郡、神威岬

 

皆様は神、仏の存在を信じますでしょうか?

信じない方のほうが多いでしょう。
これから書くことは誠に不思議なことでございますが、信じるか信じないかはご自身の判断でお願いいたします。但し、嘘っぱちを書いているほど僕はヒマな人間じゃないのですが  笑

 

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それで今回はブログのトップ画像に使われている、この不思議な雲のことをご紹介したいと思います。とても不思議な雲なのですが、この雲は札幌から車で北西に2時間少々の所にある北海道積丹郡の神威岬(カムイミサキ)というところで撮った写真です。

何かに見えるでしょうか?

僕も最初は、何かに見えるけどなんだろう?でも、分からない。とにかく、とても不思議な雲が撮れたと思っていました。実はこの雲、神仏からの贈り物、創作物だったのです。鼻で笑った人もいるでしょう。いや、いて当たり前。で、ことの成り行きをご紹介いたしましょう。 

 

成田山札幌別院新栄寺の愛染明王

 

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時は2016年9月17日の朝。

いつものように愛染明王に手を合わせ真言を唱え参拝し、帰り際に「明日からキャンプに行くので、何日か来れないです。すいません。」と心でつぶやくと『では、あちらで。』と聞こえました。キャンプに行く場所は神威岬の近くの神恵内(カモエナイ)という場所。あちらでって...あの辺に寺とか愛染明王なんてあるのかなぁ?そら耳かなとも思い、帰りました。

前にも言ったことがあるのですが僕は少しだけ耳が変です。たまにですが霊や神仏の声が聞こえる時があります。いつも会話ができる、すごい人ではありません。信じる人だけ信じてください。

上の画像が、その愛染明王です。前回の記事でもご紹介しました札幌のお寺、成田山札幌別院新栄寺の愛染明王になります。

 

神々が住む聖地、神威岬  そして摩訶不思議な雲

2016年9月19日の朝。

神恵内青少年旅行村という場所で前日から総勢9人でキャンプをしたのですが、朝の7時になってもみんな寝てて起きる様子もない。前から行ってみたかった神威岬の先端に、1人寂しく行くことにしました。

神恵内から神威岬まで車で片道25分。1人寂しく車でEDMをガンガンにかけて到着。
先日の愛染明王の『では、あちらで。』という言葉は、楽しいキャンプと高揚した気分で頭の片隅にもなかったのでした。

 

それでは、神威岬の先端までと不思議な雲までを写真にてご紹介していきます。

 

f:id:HaganeTokuchi:20180113124159j:plain駐車場から、この長い坂道を上がっていき入口の門へと行くのですが、運動不足の僕としては門から先の険しい道よりも、ここが1番の難所でした 笑

 

f:id:HaganeTokuchi:20180113124841j:plain女人禁制の地と書かれています。1956年まで女人禁制だったとのことです。

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パワースポット 成田山札幌別院新栄寺

札幌、開運、ご利益、厄除け、パワースポット、新栄寺

今回は私が通うお寺の1つ。札幌市中央区南7条西3丁目、歓楽街ススキノのはずれにある成田山札幌別院 新栄寺をご紹介いたします。北海道の方、限定の記事の様な感じがしますがこの新栄寺。札幌いや、北海道で1番のお勧めのお寺です。札幌に観光に来られた方も是非、足を運んでいただきたいと思います。

 

 

 

f:id:HaganeTokuchi:20171017134400j:plain新栄寺は千葉県成田市にある、あの有名な成田山新勝寺の別院であります。成田山新勝寺と言えば歌舞伎俳優、市川團十郎さん、海老蔵さんでも有名な寺院で初詣の参拝客は全国でも1位2位を争う寺院になります。そんなにすごい寺院の別院です。素晴らしくない訳がございません。外観も他の寺院と比べ物にならない位、圧巻です。本尊は、もちろん不動明王です。

   

 

 

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新栄寺の見所は、なんといっても毎朝8時に行う護摩行。主管様が護摩を焚き、複数の僧侶がお経を読み、厄を落とすかのごとく太鼓の音が響き渡ります。常連の参拝者達も一緒にお経を読み、不動明王の真言を唱える。必死に不動明王に祈りを捧げる方もいれば、泣いてらっしゃる方もいます。まさに、あの世と通じている世界。別世界であります。毎週、日曜日だけは午後2時からも護摩行をおこなっているので是非、足を運んで頂きたく思います。

 

 

 

護摩行とは

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煌々と燃え上がる炎に、願い事を書いた護摩木や供物を投げ入れ憤怒の仏、不動明王に祈願成就を祈る修行です。その際、お経や不動明王真言を唱えながら祈りを捧げ、私達の煩悩や罪障をも炎と一緒に焼き尽くすという密教、真言宗の素晴らしい修行です。

事実、護摩行に毎日参加したら病気が治った、癌が消えたという話も聞きました。私自身も人生のドン底から這い上がれたのは護摩行と不動明王のお陰だと思ってます。摩訶不思議なことが沢山起きますからね。著名人で言えば広島カープの新井選手や阪神、金本監督も毎年1月に、護摩行をして祈願、精神鍛錬をされてるのは有名です。上の写真が新井選手、下が金本監督です。 

 

 

 

成田山札幌別院新栄寺 院内紹介 

札幌では北海道神宮という大きな神社があるのと各地区にそれなりの神社があるため、お寺よりも神社の方が庶民に馴染んでいる様に思います。そのため、お寺は仕切りが高いように思われていたり、行ったこともないという人が多いようです。

いざ目の前まで行っても扉を開けるのに勇気がいると思います。私自身も最初はそうでした。1人でも安心して新栄寺に護摩行や参拝に行けるよう、院内をご案内したいと思います。

 

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こちらが新栄寺。住所は札幌市中央区南7条西3丁目です。向かいのジャスマックホテルの前から撮影いたしました。

  

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 新栄寺、正面玄関からです。圧巻でございます。

 

 

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階段を上がっていくと本堂入口の看板が見えてきます。入口は上がって左です。

 

 

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突き当たりにも入口の看板があるので、こちらの扉を開けると本堂です。土足でOKです。

 

 

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こちらが入口から見た本堂になります。本当はとても広いのですが写真だと伝わらないのが残念です。そして、護摩行に来られた方は着席する前にやっていただきたい事があるのです。 

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高級霊、シルバーバーチは語る。PART Ⅱ

シルバーバーチ『古代霊は語る』より   

 

今回は『古代霊は語る』より、高級霊シルバーバーチが語った苦しみ、悲しみの真実をご紹介したいと思います。苦しみ、悲しみは私たちを成長させるために起きている出来事と語っています。是非、ご購読していただければと思います。そして興味がある方も多いと思われる愛するペットの死後のことを少しだけですが、ご紹介したいと思います。

 

  

 

苦しみ、悲しみの真実 

 

苦しみ、悲しみの真実について、とりあえず著書の一部をご紹介いたします。

神の摂理=恒久不変の自然法則=原因と結果の法則=因果律。ようは因縁のことだろうと言う方がいると思いますが、シルバーバーチはこれに人間の霊的向上という目的を付加します。

単なる因果応報の機械的な繰り返しではなく、その因果律に人間を向上せしめんとする神の配慮があると説くのです。

人間の真情として、不幸や貧乏、病気、災害といったものが無いことを希望しますが、それは今という刹那しか認識できない人間の狭い量見から出るわがままであって、過去、現在、未来の三世を見通した神の目から見れば、当人の成長にとってはそれが最上であり必須のものであるわけです。

と、著者の近藤氏は書かれています。私たちを向上させるために物事は起きているのですね。以下は著書の一部で高級霊、シルバーバーチが語ったことを何点かご紹介させていただきます。

  

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何もかもうまく行き、鼻歌まじりの呑気な暮らしの連続では神性の開発は望むべくもありません。

そこで神は苦労を、悲しみを、そして痛みを用意されるのです。そうしたものを体験して、はじめて霊的知識を理解する素地が出来上がるのです。

  

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あなた方にとって悲劇と思えることが、私どもから見れば幸運と思えることがあり、あなた方にとって幸福と思えることが、私どもから見れば不幸だと思えることもあるのです。 

 

 

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困難にグチをこぼしてはいけません。困難こそ魂の肥しなのです。むろん、困難の最中にある時は、それを有難いとは思えないでしょう。辛いのですから。

しかし、あとでその時を振り返ってみた時、それがあなたの魂の目を開かせるこの上ない肥しであったことを知って神に感謝することになるでしょう。

この世に生まれてくる霊魂が皆、楽な暮らしを送っていては、そこに進歩も開発も個性も成就もありません。  

 

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悲しみは、魂に悟りを開かせる数ある体験の中でも特に、非常に深い意味をもつものです。悲しみが魂の琴線にふれた時一番良く、眠れる魂の目を醒まさせるものなのです。

魂は肉体の奥深くに埋もれているために、それを目覚めさせるためには余程の強烈な体験を必要とします。悲しみ、無念、病気、不幸等は地上の人間にとって教訓を学ぶための大切な手段なのです。もしもその教訓が簡単に学べるものであれば、それは大した価値のないものということになります。

悲しみの極み、苦しみの極みにおいてのみ学べるものだからこそ、それを学べる準備の出来た人にとって非常に深い価値があると言えるのです。

 

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失意のドン底にある時はもう全てが終わったかの感じになるものですが、実はそこから始まるのです。

あなたには、まだまだ発揮されていない力、それまで発揮されたものより遥かに大きな力が宿せれているのです。それは楽な人生の中では、決して発揮されません。苦難と困難の中でこそ発揮されるのです。

金塊もハンマーで砕かないとその純金の姿を拝むことが出来ないように、魂という純金も悲しみや苦しみの試練を経ないと出て来ないのです。それ以外に方法がないのです。

  

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平凡な生活を送っているようで次々と悩みや苦労が耐えない現実は、全て魂の試練として神が与えて下さっているのであって、それが無かったら人生は何の意味もないのです。

あなた方もそのうち肉体の束縛から離れて、物質的な曇りのない目で地上で送った人生を振り返る時が来るでしょう。

その時、その出来事の一つ一つがそれぞれに意味をもち、魂の成長と可能性の開発にとって、それなりの教訓をもっていたことを知るはずです。

 

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ペット、動物の死後について

 

愛するペットが亡くなり悲しみにふけることもあると思います。愛するペットや動物が死んだ後にどうなるのか?あの世でも再会する事ができるのか?愛するペットを飼っていた方であれば興味のあることだと思います。

僕が知人に、この本を渡した後にペットのことが書かれてることに感動した。また逢えるのが待ち遠しいなどと言っておられる方が何人かいました。ペット、動物の死後について書かれている一部を少しだけご紹介したいと思います。

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動物は死後もずっと飼主と一緒に暮らすのでしょうか?それとも、動物だけの世界へ行くのでしょか?

 

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どちらとも一概には言えません。なぜなら、これには人間の愛が関わっているからです。死後も生前のままの形体を維持するか否かは、その動物に対する飼主の愛一つに関わっているのです。

もしも動物とその飼主の両者が時を同じくして霊界へ来た場合、その飼主のところで暮らします。愛のある場所が住処となるわけです。愛が両者を強く結びつけるのです。その場合は動物界へ行く必要はありません。

しかし、もし飼主より先に他界した場合は、動物界へ行ってそこで面倒をみて貰わなくてはなりません。飼主との愛が突如として切れたのですから、単独で放っておかれると動物も迷います。

地上では人間的な愛と理性と判断力と情愛を一身に受けたのですから、その主人が来るまで、丁度あなた方が遠出をする時にペットを専門家に預けるように、霊界の動物の専門家に世話してもらうわけです。 

 

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動物界には、どんな種類の動物がいるのでしょうか?

 

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地上で可愛がれている動物、親しまれている動物、大切にされている動物たちのすべてがおります。

そうした動物は飼主の手から離れたことで寂しがったり、迷ったりするといけないので動物界に連れてこられて、他の動物達と一緒に暮らしながら動物の専門家の看護を受けます。そこには動物、ペットを喜ばせる物が何でも揃っており、やりたいことが何でも出来るのでイライラすることがありません。

そして、時には地上にいる飼主の家まで連れて来られ、しばしその懐かしい雰囲気を味わいます。飼っていたペットの犬や猫を見たとか出たとか言って騒ぐのは、そんな時のことです。何となくあの辺にいたような気がするといった程度にすぎないのですが、地上の動物の目には、ちゃんと見えています。霊視能力が発達していますから・・・

 

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Afterword

 

2回に亘りシルバーバーチ『古代霊は語る』の著書をご紹介いたしましたが、ご紹介したところは僕が好きなところや重要と思われる所のたったの数箇所であって、この本にはこの様なことが沢山書かれています。

決して、読みやすいとは言えない細かい字で301ページにも亘り語られています。是非ともダイヤモンドの輝きとも呼ばれる古代霊からのメッセージを、長い長い人生のバイブルとして読んでいただきたく思います。

 

私たちの罪や過ちを、苦しみ、悲しみで悟らすのであれば、逆に善いことをすれば善いことが起きる。別のシルバーバーチの本でも、サービスにはサービスで返すと書かれています。それが、この世の法則。絶対不変な自然法則、神の摂理なのでしょう。

こんな簡単なことを知っていれば、この世の中から犯罪や悪いことが減り、素晴らしい世界になるのだろうと思います。

 

 

高級霊、シルバーバーチは語る。PART Ⅰ

 シルバーバーチ『古代霊は語る』より

 

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今回は全11巻のシルバーバーチの霊訓を1冊に凝縮した快挙の作品である、近藤千緒氏著の『古代霊は語る』から重要なところを紹介していきたいと思います。

11巻を1冊にしたので内容はかなり深いものになっており重要と思われるところ満載です。生きる理由、苦しみや病気の理由、死後も生き続けるということが詳しく書かれています。シルバーバーチの霊訓、全巻を読むのは大変なことなので、まずはこの1冊を読むことをお勧めいたします。

 

 

 

シルバーバーチ

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簡単に説明いたしますと、1920年の英国での出来事で3,000年前に地球に生存していた古代霊が、モーリス・バーバネルという英国人の身体を使い、この世の真実を約60年間に渡り、教え尊くというものです。この古代霊こそが高級霊シルバーバーチです。

日本だとイタコみたいなものでしょうか、ちょっと失礼な感じもしますが。実際には3,000年よりもっと古い霊とのことです。地上とは波動が違い過ぎるので中間に北米インディアンの霊を使い、モーリス・バーバネル氏の身体を使ったということです。

詳しく知りたい方は、シルバーバーチで検索していただければと思います。似たような物では、聖ヨハネのホワイトイーグルという霊が真実を教え尊くというものや高級霊インペレーターがステイトン・モーゼス氏の身体を使い、真実を語る『霊訓』『続・霊訓』という書もあります。個人的にはホワイトイーグルの『霊性進化の道』がお勧めです。

 

 

 

この『古代霊は語る』という本、すべて重要と思われますが特に重要、伝えたいと思う箇所を抜擢します。信じられないと思うでしょうが、信じていただきたい真実です。

  

この世に生まれる理由、この世で生きる目的

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この世への再生は自発的ですか、それとも果たすべき目的があって已む得ず再生するのでしょうか?

 

f:id:HaganeTokuchi:20180427100205p:plainその両方です。

 

この世への再生は強制的というわけですね。

 

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誰かから再生しろと命令されるのであれば強制的と言ってもいいでしょうが、別にそういう命令が下るわけではありません。

ただ、地上で学ばねばならない教訓、果たすべき仕事、償うべき前世の過ち、施すべきありながら施さなかった親切、こうしたものを明確に意識するようになり、今こそそれを実行するのが自分にとって最良の道だと自覚するようになるのです。 

 

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霊魂は一体どこから来るのですか?魂の貯蔵庫のようなものがあるのですか?子供を作る場合、魂はどこから来るのですか?

 

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あなたの問いには誤解があるようです。あなた方が霊魂をこしらえるのではありません。人間のすることは、霊魂が自己を表現するための身体を提供することだけです。表現器官を提供するのが人間の役目なのです。

霊は永遠の存在ですから、あなたも個体に宿る以前からずっと存在していたわけです。

霊界にはすでに地上生活を体験した人間が大勢います。その中にはもう一度、地上に来て果たさなければならない責任、やり直さなければならない用事、達成しなければならない仕事といったものを抱えている者が大勢います。そして、その目的のための機会を与えてくれる最適の身体を探し求めているのです。

 

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もう一度やり直すチャンスは全ての人間に与えられるのでしょうか?

 

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もちろんですとも。やり直しのチャンスが与えられないとしたら、宇宙が愛と公正とによって支配されていないことになります。

墓に埋められて万事が終わるとしたら、この世は正に不公平だらけで、生きてきた不満の多い人生の埋め合わせもやり直しも出来ないことになります。

私どもが地上の人々にもたらすことの出来る最高の霊的知識は、人生は死でもって終了するのではないということ。従って苦しい人生を送った人も、失敗の人生を送った人も、屈辱の人生を送った人も、皆もう一度やり直すことが出来るということ、言い換えれば悔し涙を拭うチャンスが必ず与えられるということです。

人生は死後もなお続くのです永遠に続くのです。その永遠の旅路の中で人は内蔵している能力、地上で発揮し得なかった才能を発揮されるチャンスを与えられ、同時に又、愚かにも神の法則を無視し、人の迷惑も考えず横柄に生きた人間は、その悪業の償いをするためのチャンスが与えられます。

神の公正は完全です。騙すことも、ごまかすことも出来ません。すべては神の眼下にあるのです。神は全てをお見通しです。そうと知れば、真面目に正直に生きている人間が何を恐れることがありましょう。恐れを必要とするのは利己主義だけです。

 

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死後、霊界に行ってから地上生活の償いをさせられますが、さらに地上に再生してからまた同じ罪の償いをさせられるというのは本当ですか?神は同じ罪に対して二度も罰を与えるのですか?

 

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償うとか罰するとかの問題でなくて、要は進化の問題です。つまり学ぶべき教訓が残されているというこであり、魂の教育と向上という一連の鎖に欠けている部分を補うということです。

生まれ変わるということは必ずしも罪の償いのためとは限りません。欠けてるギャップを埋める目的で再生する場合がよくあります。

もちろん償いをする場合もあり、前世で学ぶべきでありながらそれを果たせなかったことをもう一度学びに行くという場合もあります。罪の償いとばかり考えてはいけません。ましてや二度も罰せられるということは決してありません。

  

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地上の人間にとって完璧な生活を送ることは可能でしょうか?すべての人間を愛することが出来るのでしょうか?

 

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それは不可能なことです。が、そう努力しなくてはいけません。努力することそのことが、性格の形成に役立つのです。

怒ることもなく、辛く当たることもなく、腹も立てることもないようであれば、もはや人間でないことになります。

人間は霊的に成長することを目的として、この世に生まれてくるのです。成長また成長と、いつまでたっても成長の連続です。それは、こちらへ来てからも同じです。

  

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そちらへ行くとどんな風に感じるのでしょう。やはり後悔の念というものを強く感じるのでしょうか?

 

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1番残念に思うことは、やるべきことをやらずに終わったことです。あなたもこちらへお出になれば分かります。きちんと成し遂げたこと、やるべきだったのにやらなかったこと、そうしたことが逐一わかります。

逃してしまった好機がいくつもあったことを知って後悔するわけです。

  

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善人が死後の世界の事を信じなかった場合、死後そのことで何か処罰などを受けるのでしょうか?

 

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善人とか悪人とかの意味がわかりませんが、要はその人が生きてきた人生の中身 、つまりどれだけ人のために尽くしたか、内部の神性をどれだけ発揮したかにかかってます。大切なのはそれだけです。

知識は無いよりは有ったほうがましです。が、その人の真の価値は毎日をどう生きてきたかに尽きます。

 

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唯物主義者や無神論者は死後の世界でどうなりますか?

 

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宗教家とか信心深い人は霊的に程度が高いという考えが人間を長いこと迷わせてきたようです。実際は、必ずしもそうではないのです。

ある宗教の熱烈な信者になったからといって霊的に向上するわけではありません。大切なのは日常生活です。あなたの現在の人間性、それが全てのカギです。

祭壇の前にひれ伏し神への忠誠を誓い、選ばれし者の一人になったと信じている人よりも唯物主義者や無神論者、合理主義者といった宗教とは無縁の人の方がはるかに霊格が高いといったケースがいくらでもあります。

問題は何を信じるかではなく、これまでどんなことをして生きてきたかなのです。

  

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キリストへの信仰をどう思われますか?

 

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主よ、主よと、何かというと主を口にすることが信仰ではありません。大切なのは主の心に叶った行いです。それが全てです。口にする言葉や、心に信じることではありません。実際の行為です。

何一つ信仰といものを持たなくても、落ち込んでいる人の心を元気づけ、飢えてる人にパンを与え、暗闇にいる人の心に光を灯してあげる行為をすれば、その人こそ神の心に叶った人です。

  

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 Afterword

 

という感じで、生きる目的や生まれる理由というものは魂の成長、進化。人間としての成長、進化を目的としてるみたいです。

あの世が私たちの本当の住家であって、この世には、いろいろな体験を通して人間としての成長、過去や前世での罪の償いをして過ちから学び成長する。そんな感じでしょうか。

この著書で、著者の近藤千雄さんはこう言っております。

「この長い人生の旅路の地上生活は、宇宙学校のホンの幼稚園、いや...保育園程度のものなのかもしれません」

肉体が滅び、死んでもまだ成長するために人生が続くとは気の長い話です。早めに徳を積み、魂の成長をさせ死後に少しでも楽な人生を過ごせるように頑張ったほうが得策かもしれませんね。

保育園から一気に大学に進学するくらいの気持ちで頑張れば、あの世は極楽も夢ではないのかも...しかし、長い 笑

 


次回は『古代霊は語る』より、苦しみ、悲しみの真実をシルバーバーチさんに教えてもらいましょう。愛するペットと死別したらどうなるのか、みたいなことも書いてあるので興味のある人も多いのではないでしょうか。上記リンクからお願いいたします。

  

苦しみ、悲しみ、原因と真実 PART Ⅲ

苦しみ、悲しみの真実と原因 PART Ⅲ

 

前回のPART Ⅰ、PART Ⅱの記事で説明したように苦しみ、悲しみ、不運の原因には2通りあると言いました。

 

1、自分が犯した過ちを反省させるための因果応報。

2、間違えた道に進むのを軌道修正させるための苦しみ悲しみ。

 

この2つの苦しみ、悲しみの原因は我々を今よりも精神的に成長、新化させるために起きている出来事です。今回は過ちを過ちと思っていないために、自分に苦しみ、悲しみとして不幸が降りかかってくるということを考えていきたいと思います。

前にも言ったように他人にしたことは全て自分に返ってきます。良いことも、悪いことも。それは些細なことでも同じで、それを気を付けて生きていれば必ず、素敵な人生を送れます。この世の法則、宇宙の法則、自然の摂理です。

苦しみ、悲しみのない、素敵な人生を送れるように頑張りましょう。もう少しです。  

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無意識での重大なる過ち、重大なる過ちと気付いていない過ち

 

人間は普段の何気ない生活の中にでも罪をつくっていることが多くあります。知らず知らずのうちに自分への苦しみ、悲しみの原因をつくっているのです。

 

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それでは、大きな罪と思えない過ちを考えてみたいと思います。 

 

◆職場などで、いつも怒鳴り散らしたりすぐ怒ること。
◆ちょっとしたミスや間違えで、他人に怒鳴る。

上司だから、上の立場だから当たり前だと思うかもしれませんが怒鳴られた本人は本当に傷付いています。逆の立場であれば、そこまで怒らなくてもと思うかもしれません。分かるように叱り、他人のことを考え、接するようにしたほうがいいと思います。いずれ自分本人が大失態を犯したり、上から怒鳴られたりなんてこともありえます。

 

 

◆他人の気持ちも考えず、自分の都合にいいように使う。

◆自分の名誉や成績のために他人を利用する。

他人の気持ちを考えず行動していたら、いずれ、病気や怪我という苦しみを味わい。不自由という形で自分に返ってくることもありえます。

 

◆私利私欲、欲望のまま金銭を使う。

欲望のままに金銭を使っていると、いずれ、お金に苦しむことになりかねないです。困っている人や世の中のためにもお金は使うべきであり、その様な使い方をすればお金に困ることはなく幸せのままでいれます。海外の著名人が多額の寄付をするのは、そういった法則を知っているからだと思います。

 

◆遅い車、小さな車、老人の車をあおる。

最近、事件にもなりましたが、あおられている本人は恐怖心しかありません。逆に自分が、恐怖を味わうような出来事が起こることは間違えないでしょう。

 

◆他人の悪口を言う。◆嘘をつく。

自分も悪口を言われたり、嘘をつかれて騙されたりということが起こるでしょう。

 

◆親を大事にしない。

自分が老いたときに同じ苦しみを味わうことになるのはもちろん。自分が困ったり、助けてもらいたいときに、誰からも援助がないということもあるでしょう。

 

◆女性、または男性をもてあそぶ。

異性からモテるのをいいことに、異性を利用したり可哀想な思いをさせると、自分が老いたときに悲しい思いをしたり、病気や怪我で同じ辛い思いをさせられるかもしれません。

 

◆不倫、淫らな肉体関係。

不倫。これが1番、罪悪感がないかもしれません。しかし、やっていることは泥棒と同じと私は叱られました。淫らな行為であり、男性と女性はもっと神聖なる付き合い方をするべきなのかもしれません。今は良くても、いずれ異性で辛い思いをさせられるかもしれません。

 

  

その他にも考えたら色々あります。これらの小さな罪でもいずれ、因果応報として倍以上に自分にブーメランのごとく返って来ることがあるでしょう。それは数ヵ月後、もしくは数年後に必ず。これは宇宙の法則、自然の摂理であって絶対に逃れられることはできないといいます。

 

では、人間とはどう生きるべきなのか。どうあるべきなのかを考えていきたいと思います。少し、宗教的な話になってしまいますが仏教では十善戒(じゅうぜんかい)、キリスト教では十戒(じっかい)という人間が守るべき戒めがあります。苦しみ、悲しみをなくすヒントになると思います。

 

仏教の十善戒

 

十善戒とは仏教の十悪を戒律としたもので、仏教徒や僧侶に限らず私たち一般の庶民も毎日の生活の中で守るべき教えであり、人としての生き方として経典に説かれたものです。私たち人間が守るべき、十の戒めになります。 

 

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読みずらいので下記に書き直します。

 

不殺生(ふせっしょう)故意に生き物を殺さない。

不偸盗(ふちゅうとう)他人の物を盗まない。

不邪淫(ふじゃいん) 不倫など道徳に外れた関係を持たない。

不妄語(ふもうご)   嘘をつかない。

不綺語(ふきご)        心にもない綺麗ごとを言わない。

不悪口(ふあっく)  乱暴な言葉を使わない。

不両下(ふりょうぜつ)告げ口、中傷、二枚舌を慎む。

不慳貪(ふけんどん) 激しい欲をいだかない。

不瞋恚(ふしんに)  激しい怒りをださない。

不邪見(ふじゃけん) 間違えた考えをせず、正しい判断をする。

   

 

 旧約聖書、モーセの十戒 

 

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古代、預言者モーセがシナイ半島のシナイ山で神、ヤハウェから授かった十の戒め。

この戒めは、モーセ率いるイスラエルの民衆に対する戒めだったのですが、あらゆる時代、あらゆる人にも適用し得る人間生活の規範であり、多くの国々の法律の基礎にもなっているとのことです。

最初の4つの戒めは神と人間の関係について。残りの6つは人間同士の関係についての戒めになります。神ヤハウェが私たち人間はどう生きるべきかを示されたのが「十戒」だということです。

 

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読みずらいので下記に書き直します。

 

 1. 私の他に何ものをも神としてはならない。

 2. 偶像を作ってはならない。(偶像崇拝の禁止)

 3. 主、神の名をみだりに唱えてはならない。

 4. 安息日を覚えて、これを聖とせよ。

 5. 父と母を敬え。

 6. 何をも殺してはならない。

 7. 姦淫してはならない。(道義に反する肉体関係、不倫)

 8. 盗みを働いてはならない。

 9. 隣人について、偽証してはならない。

10.  他人の物を欲しがってはならない。(他人の妻も含む)

 

 

仏教の十善戒、モーセの十戒 まとめ

それでは、話が少し宗教っぽくなってしまいましたが、この十善戒、十戒の戒律と教えは「人として、どう生きるべきか」「毎日の生活を、どう過ごすべきか」「人間と人間の関係はどうあるべきか」を教えています。

僧侶やキリスト信者に限らず一般の庶民、私たちもこの戒律を生活の中で守るべきものと思います。この教え、戒律こそが苦しみ、悲しみの原因、因果応報をつくらない解決策の糸口となると思っています。

十善戒、十戒の戒律を守って生きていれば人格、魂の向上、人間としての成長をして、過ちからくる不幸もなくなり、必ずや運が良い人生を過ごせるはずです。私自身も現在は、これらの戒律を守り、正しく生きるように務めていますが悩みや苦しみといったことが殆どない人生を過ごしています。

 

あとは不邪淫、姦淫に書いてある「不倫」です。最近では、男性に限らず女性も軽い気持ちで不倫をしている方がよくいます。私たちに限らず、芸能人や著名人が当たり前のように浮気や不倫をしています。そして、映画やドラマでも不倫や浮気といった内容が多く出てきます。

その影響もあり、あまり悪いことと思えなかったり、流行、普通、当たり前になっています。しかし、この不倫というのはかなりの罪、大罪とのことです。また宗教の話になりますが、キリスト教では殺人と同じくらいの大罪であり、イスラム教では死刑になるとのこと。日本人で良かったと思える瞬間ですが、大罪には変わりないので現在、不倫最中、不倫検証中の方はよく考えて行動してください。

  

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ここで、私の体験談をひとつ 。

神通力を持つ住職に不邪淫を超激怒された私たち

当時、私が38才で事業が傾きはじめた頃、「みっき」という親友が僕の地元に凄いお坊さんがいるから会いに行って、見てもらわないですか?という話から会いに行くことに。

何が凄いのかというと、霊感というか人の未来を当てたり、こうしたしたほうが良いとか占い師みたいな感じでしょうか。そんなに期待はしていなかったのですが、その凄さは会って数秒で実感することになったのでした。

 

札幌から車で南東に2時間、様似町という町まで、友達のみっきとお寺に向かいました。様似町までの長い道のりは、馬鹿な話しばかりをして盛り上がり、こんなことに。

みっき
「実は僕、人妻と付き合ってるんですけど今度、人妻紹介しましょうか?」


「人妻か...なんか、罪悪感あって嫌だな」

みっき
「何、言ってるんですか、大丈夫ですよ。優しいし最高ですよ。どうせ、人妻が他の男と遊ぶくらいだったら、得さんでもいいじゃないですか」


「確かに......それでは、近々お願い申してよいかの」

 

人妻の紹介に胸と股間を膨らませながら、拙者たちは寺へと馬を走らせたのです。そして寺に着き、住職がまるで遠山の金さんのごとく奥から出てくるや......

なんとっ!!

 

ラーッ!お前らっ!

犬やでもあるまいし、

何考えてんだーーッ!

人の妻だぁ?

鹿がーーッ!

やっていることは泥棒だッ!

泥棒と同じだーーッ!

と、いきなり罵声をあびさせられたのでした。

思わず、みっきと顔を見合わせ、お互いの目が点に...車中のことが言ってもいないのに全てバレたのでした。

なんという能力。凄い、本当に凄い。凄すぎる。その辺の占い師よりも凄いのでした。正直、昨日見たAVのタイトルも分かっているのだろうかと少しドキドキしたのでした。その後、見ていただいてる最中にも私の先祖が住職に入ったりと凄いことだらけだったのでした。

 

たかが不倫、浮気と思っていましたが本当にいけないことだと言われました。あんだけ本気で怒っていたので絶対にいけないことなのだと思います。確かに、やっていることは泥棒と同じで淫らな行為なのです。これこそ、過ちだと思わない重大な過ちなのでしょう。皆様も不邪淫、姦淫はよく考えて行動していただければと思います。立派な大罪です。

そして、もちろん。私は人妻の紹介をお断りさせていただいたのでした。PS. 途中、ふざけた文章にしてしまい、申し訳ございませんでした。

  

Summary  

この苦しみ、悲しみの真実と原因も終わりに近づいてきました。お疲れ様でした。

最後に大事なことがひとつ。苦しみや悲しみの原因となる、自身の過ちや罪、無意識からの罪は、全て自分に降りかかってくるとは限りません。愛する者や婚約者、親、そして愛する我が子に降りかかるということもあるといいます。それが、因果応報です。

愛する者、愛する我が子に苦しみや不幸を与えたほうが本人のため、悟るのが早いとみてのことなのでしょうか。愛する者や子供が重い病気にかかったり、事故にあったり、イジメにあったりということもあるというのです。

原因は、あなた本人なのかもしれません...

 

十善戒、十戒に示されたことをひとつひとつ守って、他人のことを考えて生きていれば必ずや苦しみ、悲しみや不幸や不運はなくなり幸せな人生が約束されるはずです。

苦しみ、悲しみは貴方自身を成長させるため、過ちや罪をなくすのを悟らせるために起きているのです。全ては貴方の人生を良くするために。

 

仏陀の好きな言葉があります。

現在とは過去、未来とは現在